興化
隣国との小競り合いが長引いてることは、この1年ほどのこの国の頭痛の種だった。
そして、とうとう国王陛下が本格的に潰すための部隊を増員する決定を下した。
いつかはそうしなくてはならないと誰もが知っていたので、王城の誰もが来るべく日が来たと思い、準備にさほど時間もかからなかった。
しかし、その戦場に、森から溢れたモンスターが繰り出してくることなど誰が予想しえただろうか。
追加戦力として合流したイシスの部隊は運悪く、森近くの部隊の後ろを固める様指示を受け、陣を張った所であった。
一通りの準備が終わり、やっと一息つけると誰もが思っているその瞬間をまるで狙っていたかの様なタイミング。兵は混乱の中陣形を整えることも叶わず、散らされてしまうばかり。
それでも何とか他の部隊へその惨状を伝える隊を出し、イシスはモンスターと対峙した。
それからイシスの行方はわかっていない。
死体を見た者も居ない。
「第5王子の行方を探したいとは思うのですが、隣国の兵もこの混乱に乗じ動いているらしいとの情報で。」
「わかりました。殿下の行方は私にお任せください。ご許可いただけるようでしたら、森の対処も私の結界をはりますがいかがでしょうか。」
リリスは騎士から話を聞き届け、頷きを返す。第5王子とは、イシスの事である。
彼の部隊が散り散りになり、その身と側近の騎士たちの姿も全く見つかっていないという話にリリスは、絶望などしてはならないと、自身の胸を押さえる。死体1つ見つかっていない。それは朗報だと言い聞かせる。
「塔屈指の天才魔道士様のお申し出、大変助かります。ただ、森の対応に関しましては、現場の指揮をとっております将軍に確認いただかねば私からは…」
「承知いたしました。では、まずは第5王子殿下の捜索を第一優先事項として向かう事をお許しください。」
「よろしくお願いいたします。」
王城の詰め所で現状の把握と、必要な許可を取り終わるとリリスは頭を下げ退室していった。
「魔道士様、馬のご用意は」
「ご心配無用です。殿下のもとまでは、飛んでいけます。」
振り返るリリスの言葉に、騎士は目を白黒させる。
飛べるとは、どういう事なのか。
そんな魔術は聞いたことも見たこともない。
しかし、目の前にいるのは希代の魔術師だ。出来ない事はなにもないとまで何故か言われている魔術師である。
駆け去る少女の小さな背中を見送って、騎士はこの惨状をあの背中に任せざるを得ない事に少しだけ胸を痛めたのだった。
戦場は今拮抗状態が続いている。
いつ森からモンスターが現れるかわからない緊張と、第5王子の噂。
戦力差は十分なはずなのに、状況があまりにも悪い。
全体の指揮をとる将軍はあまりのイレギュラーに頭を痛める。せめて、殿下の無事がわかれば全体の士気も上がるのだが――と。
そんな時、天幕の中で考えていた将軍の耳に謎のざわめきが届いた。
この戦場で一体今度は何がと、天幕から駆け出れば、空から人が降りてきたと、騒ぎになっているではないか。
いったいどういう事かと、騒ぎの中心へ向かう。
兵が一定の距離を取りつつも取り囲む中心にいたのは、正式な国の魔道士のローブをまとった少女だった。
彼女は周囲を見渡すと小さな唇を開いた。
「私は塔より参りました魔道士リリス。将軍様にお会いしたい。」
周囲はまたざわめき、驚きと高揚が一気に広がっていく。
それはそのはずで、10代の少女で、魔道士で、リリスという名前といえば、この国で知らないものはない天才である。
この戦場をひっくり返してくれるのではと期待するには十分な戦力。
しかし、将軍が同じように期待を持つには…彼女はあまりにも小さすぎた。
「私をお探しか。リリス殿」
人混みを掻き分け現れる厚みのある体躯にリリスは目を見張ったが、すぐ表情を消し、頭を下げた。
「陛下より命を賜り参上いたしました。お話をお聞き願いたい。」
「天幕へ。」
リリスの言葉に頷いた将軍は、リリスを伴いきびすを返した。リリスもその後におとなしくついて行き、将軍の天幕へと消えていった。
二人が居なくなった本陣には天才魔道士が現れたと誰もが希望を持って口にした。
さて、天幕の中、リリスはまず許可証を将軍へ提示し身を証し、負った役目の話を将軍へと伝える。
第5王子の捜索を出そうにも、状況が難しい事は伝わっている。その為の自分であると淡々と告げるリリスに、将軍は懐疑的な目を向ける。
「捜索を買って出ていただけることは大変ありがたく存じますが、殿下を探せると言っていらっしゃる根拠が私にはとんとわかりませぬ。」
「そのお気持ちはごもっともです。こちらをご覧ください。」
リリスはローブの影からそっとリボンをひとつ取り出す。
「こちらは以前、殿下より頂戴したものでございます。これらに捜索と姿変質の術式を組み上げ、このように…」
と、彼女はいつの間に取り出したのか杖を振りながら朗々と歌を紡ぎ始める。杖から落ちる光がリボンを変質させ、しゅるしゅると立体的な形質の生き物が目の前に現れた。
少しばかり小さな鳥が、きょろきょろと首を動かす。
「鳥を追って私もそちらへ向かいます。もし誰かにこの鳥が打ち落とされても代わりとなる物はまだございます。捜索に出ることをお許しいただけますか?」
「貴女一人で向かわれるおつもりのようだが、敵兵やモンスターが現れた際、太刀打ちできるのですかな?」
「本気でかかれば森ひとつ簡単に灰塵になりますが…そういうことは言わない方が良いと、言われているので、ご内密にお願いします。」
冗談のように口にしているが、その話の信憑性については将軍も疑ったりはしていなかった。
「ですが、それと目の前の命を実際に手にかけるということは別物。」
それができますか?と、続けようとした将軍だったが、少女の少女らしからぬ様子に口を閉ざした。何やら口にしてはいけない事をしたかもしれない。
「どうか、このままお任せ頂けませんか。現状、私一人がどうなろうと、この戦に出る予定のなかった身。大きな損失にはなりますまい。」
結局、将軍はその言い分を飲むしかなかった。
これ以上引き留めれば少女の怒りを買いそうな、そんな気がした。
そして、許可を得たリリスは本陣から立ち去っていった。走り去る後ろ姿は、本当に小さな少女でしかなく、謎の錯覚に陥りそうになる将軍は眉間を押さえた。