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恐禍


 リリスのお守りを身に付けて、イシスは国境へと出掛けていってしまった。

 

 イシスは何も言わなかったが、食堂でご飯を食べる間や、廊下を移動している間に漏れ聞こえてくる話題でイシスがどこに出掛けていったかをリリスは察していた。

 皆その話題で持ちきりなのだから、わからない方がどうかしている。


 ここしばらく、東の国境付近で隣国との小競り合いが起きていたがそれが予想よりも長引いてきているのだ。モンスターの脅威もある森の近くの出来事でもあり、できれば早めに終息させたいと陛下はお考えのようで、投入戦力の増員が謀られた。

 魔道士の中からも何人か戦闘向きのメンバーが選抜されて出発している。


 先に知っていたら、一緒に行けたんだろうかと、リリスは漠然と考える。

 詳しいことを言わなかったイシスの事を思えば、一緒につれていきたくなかっただろうとわかるが…。


「何もなければそれで良い。」


 けど、何かあったら…その時はどうしよう。

 もやりと霧が頭にかかって何も手につかない。

 イシスに何かあったら…リリスはこれまでやって来た事になんにも意味が無いじゃないかという気持ちが沸き上がった。


 もらったあの日から毎日毎日髪を結っているスカーフ。

 鏡越しに見つめたイシスの手元に、嬉しさが溢れて、お守りだと思った時のことを毎日毎日思い出す。

 日に日に沸き上がる感情にリリスは焦燥が募るのを止められなくなっていく。


「私が、何のために力を得たのか、忘れた訳じゃないでしょう。リリス」


 ぎゅっと自分の手の平を握りしめて、決意を固めるように自分に語りかける。


 リリスという少女は、周囲から見れば意味がわからないほどに知識を欲する狂った魔道士だった。

 けれど、彼女自身には、そうするだけの目的がずっとあった。幼少の頃からずっと、彼女はそうだった。

 

 リリスは、リリスが生まれる前の物語をいくつも持っている。

 彼女は何度も何度も自分の力が足らず、一番大事な人を失い続けた。その度後悔し、自分を責めた。

 それから愛する人の居ない残りの人生を生き、その思い出を引きずって次の生を得、また失う生を繰り返す。

 今度こそは、今度こそはと生まれた時に思うのに、その手が届いたためしは一度としてない。

 だから、次の『その時』に間に合わせないといけないと、魔力測定を終えた彼女は決意したのだ。

 誰が何を言っても関係ない。

 いつか出会うかもしれない人を守る。

 それだけがずっとあっただけの日々。


 見も知らぬ『誰か』。

 それは、リリスにとってのイシスだ。それを知るまでにずいぶん無為な時間を過ごしてしまった。


 イシスは一緒につれていきたくなさそうだった。


 そんなことは関係ない。

 失わない。守る。その為の時間を積み重ねた。

 今の自分にそれができないなら、もうこんな命、なくなれば良いのだ。

 これ以上、愛するものを守れない様な魂等、消えてしまえば良い。

 リリスは握りしめた手を開き、部屋を飛び出した。

 その足が向かっていく先は、彼女の力を認めてくれている一番の味方とも言える老師の元だ。

 老師の許可があれば国境へ駆けつけることができる。

 もし許可が降りなくても関係ない。振りきるだけだ。

 かけていく廊下の先が、いつになく騒がしさを増していく事に違和感を覚え、まさかまさかとその速度を上げ、リリスは老師の部屋の扉を許可も得ずに開け放った。


「老師!」

「り、リリス!?何故――いや、話を聞いたのか。」

「国境で何が?」


 何にも知らないが、老師の言い方ですぐにピンと来た。老師もリリスが動くかもしれないと思っていた位には、リリスとイシスの関係は特別なものになっていたんだと思い知らされる。

 リリスは痛む心臓を押さえながら老師ににじり寄る。


「いや、この情報はおいそれとは…」

「私が行けば良いじゃないですか。」

「実戦で役立つとは思えん。」

「役立ちますよ。その為の私です。イシスの元にも迷わず行けます。だから、老師!」


 戸惑いを露にする老師。

 彼が戸惑うのは当然で、これまでリリスが何のためにそこまで生を傾けてきたのか、誰も知る由がなかったのだ。それが、戦うためだとは、思いもよらなかった。

 国のためとも、愛国心も、口にしたことのないような本の虫だ。いったい彼女に何があったのかと、まじまじとその目を覗き込む老師。

 老師の目をまっすぐに睨み付ける少女の目は深い色をたたえ、沼地のようにその意識を飲み込もうとしてくる。

 圧倒的な年齢差があるはずなのに、逆に少女の内にある年輪に飲み込まれそうな気さえするのは何故なのかと、老師はよろめく。


「イシス様の部隊は、今、行方不明だと、連絡が。」

「行っても良いのですね?」

「だが、それもまだ途中連絡だ。もしかしたら今は」

「許可を。」

「ぐ…」

「手遅れになったら、塵となる土地がどのくらいでるか、数えますか?」


 なかなか踏ん切りのつかない老師にリリスは焦れ、最終的には脅すような言葉をこぼしてしまった。リリスの顔は暗く静かで、老師は決して脅しではなく、これから起こり得る純然たる事実なのだと即座に察した。


「き、許可する。」

「許可証を。」


 根負けした老師に手をつき出せば、ちゃらりと細長い金属が渡された。その根本には鎖が通っており、身に付けられるようになっている。

 迷わず首にかけるリリスに、老師はコホンと咳払いをし、注意を促す。


「出発するなら正式な魔道士のローブで行くように。」

「承知しました。」


 頭を下げ、リリスは老師の部屋をあとにする。自室に戻ると、扉がしまったかどうかも確認せずに身に付けたローブを脱ぎ捨て、クローゼットから虫除けのハーブと一緒に引っ掻けていたローブを引っ張り出した。

 それから、鍵のついた棚を開き、大切にしまっておいたいくつかの品を手にする。

 それは、どれもイシスから貰った物だった。

 過去にイシスが持っていたそれらがリリスをイシスのもとまで導く。


「間に合って。」


 さっきから心臓が煩い。まずは情報を得に騎士の詰め所に行かなければ。

 ローブをまとい直したリリスはまた廊下を駆け出して行く。

 部屋の惨状など目にも入らない。

  嵐のように去っていく彼女を、多くの魔道士が驚愕の面持ちで見送った事すら彼女には意識の外のものだった。


 今度の生こそ、失わせない。イシス…!




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