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共菓


 午前中、ずっとソファーから動くことなく目的の本を読み続け、お昼御飯を食堂でとった後読書を再開し、読み終わったのはちょうどお茶の時間。今ならあちらも息抜きをしているだろうと、リリスはローブの下にさしている杖を徐に取り出した。

 開け放たれた窓辺に寄り添い、今朝結ってもらったスカーフをシュルリと解き、杖を持つ手とは反対の手に優しくのせ、すぅーと、深く息を吸う。

 杖を虚空にふるいながら柔らかい歌を紡ぎ出す。ほんのワンフレーズの歌が終わり、杖からスカーフへ光が注ぐと、ふんわりとスカーフが膨らみ、小鳥となって手の上にとまり小首をかしげる。


「かわいい小鳥ができたわ。」


 自分で出した小鳥のかわいさにちょっとはしゃいだ声が出るリリス。

 小鳥をのせた手を上に上げ、声をかける。


「イシスにこれから行くって伝えてね。」


 すると小鳥はぱさりと翼を広げ、少し本物の鳥とは違う動きで空に舞い、飛び去った。

 小さな姿はすぐに見えなくなる。

 それを見送ると、リリスは窓を閉めて、カーテンもピッチリと閉じた。扉から外に出て鍵もかけ、てこてこと廊下を進んでいく。

 すれ違う魔導士は、最初リリスを誰だろうという顔で見て、数秒するとぎょっとして廊下の端へと避けていく。

 その顔には、普段籠っているのに何で…という恐怖が書いてある。


 リリスはほらね。と、心のなかでイシスに呟いた。

 廊下ですれ違う人間の場合、顔を会わせてるとは言わないのだ。自分と普通に相対する人間は限られている。


 けれど、リリスとて別段他人を排除したりなどしていないのだ。

 ただただ研究に没頭したいし、王城だけにある資料をただひたすら読む時間が欲しいだけ。

 毎日規則正しく生活し、三食きっちり食堂で食事をし、読みたい書物を読み続け、新しい術を作り出す。

 そうしていると自然、他人からのお茶だとか食事だとか飲み会だとかの誘いは全て断る事になるだけで他意はない。あいさつされればあいさつするし、きちんと受け答えも返す。本を読んでるときは梃子でも動かないが、それは致し方ない。

 生きてく上での優先順位の問題だと、リリスはそこを変える気がない。

 そんな生活をしていたら、ある日突然、全然顔も覚えていない男が

「俺達の事をバカにしているのか!」

 と、怒り出したりして困ったりもした。が、そのまま繰り出された術式は全て弾き返してご返却した。別段特別なことは無いのだが、それがまた大きな話となって塔の中に駆け巡り、今に至る。

 ただ歩いているだけだというのに、何がそんなに怖いのか。

 そうは思うが、リリスは図太かった。

 それはそれとして何でも良いかと、すぐに頭を切り替えて、現在の状況に全スルーを決めたのだ。


 魔導士の塔を出て、王城の中庭を突っ切る。

 木々も灌木も植えられた花々も美しく瑞々しい庭はさすが王城である。

 とことこと城の中へ入ると廊下を行き交う人の種類ががらりと変わる。

 ローブの人間はほとんどおらず、文官武官は半々といった感じで、女官や侍女のお仕事をしてる女性達も忙しそうに歩き回っている。みんな綺麗に結い上げてまとめ上げた髪をしているのが目にはいる。

 さっきスカーフをとってしまったから背中でさらりと流れている自分の長い髪。イシスのお陰で今日はつやつやと綺麗な状態だ。そうじゃなかったらきっと顔見知りの女官さんに捕まって、奥に進む前に足止めをされていただろう。

 そんな頭で歩き回ってと。

 こっちの人たちはみんな、人の事に一生懸命になれる人ばかりですごいなぁとリリスは一歩枠の外から思ってしまう。

 そんなリリスの右前方の角から顔見知りの女官さんが現れ、朗らかに声がかけられた。


「あら、リリス様」

「こんにちは。」

「お珍しい…あ、そういうことですか。髪を切る準備をとイシス様に言われていたんですが、リリス様の髪の事だったんですね。」

「そうなんですか?」


 首をかしげると、女官さんは全くもうと、腰に手を当てる。


「リリス様ってば、またお話を適当に流されたんですね。」


 だめですよ。と、しかるように顔もしかめっつらをして見せるが、全然怖くない顔にリリスは笑ってしまう。


「ごめんなさーい」

「んもう、反省なさらないんだから。」

「そろそろイシスのとこに行かないと。」

「あ、リリス様ぁーもう、後でお説教ですよー!」


 長くなりそうな空気がしたので、リリスはすかさず女官の脇をすり抜けて目指していたその廊下の奥へと逃げ出した。

 背中にかけられたお叱りは聞こえなかったふりをする。

 てこてこと歩みを進め、ひとつの扉の前に立つ。

 扉の脇には取り次ぎのための騎士さんが一人いるけど、特に取り次ぎのための言葉はかけずに自分でコンコンコンと扉を叩き、声を上げる。


「イシス来たよー」


 騎士さんも顔見知りでリリスの行動を見とがめることはなかった。

 数秒待つと、部屋の中から扉が開けられ、ひょっこりとリリスの背丈より高い位置から顔が出てきた。


「早かったね。リリィ」

「うん。今日は絶好調だったわ。」

「それは何より。さ、中にどうぞ。」


 招き入れられたのは明らかに書類がいくつも持ち込まれている執務室。

 広々とした部屋は天上が高く、それにともないとてつもなく大きなガラス窓がはまっている。

 元はただの町娘のリリスはいつも思うけど、こんなに高い天井の部屋、お掃除が大変なだけじゃないかな。窓掃除も、上の方は命がけにしか見えない。


「先触れをありがとう。」

「ちゃんと届いて良かったわ。」

「うん。でも、傷つくからこういうのを変身させて送るのはやめて欲しい。」


 リリスは導かれるままにソファーに座り、イシスの手元を見た。

 その手には、さっき飛ばした小鳥のもとになったスカーフ。今朝イシスに髪を結んでもらったスカーフだ。


「うん?でも、イシスが身に付けてたから帰り易いのよ。」

「うん。君はそれだけでそういうことするって知ってたよ…」


 がっくりとうなだれるイシスが何を言いたいのかを特に気にしていない風でリリスはその顔を見上げて瞬き、手の中にあるスカーフに視線を移す

 小首をかしげるとさらりと髪が揺れてちょっと頬にかかる。


「ねえ、縛ってないと邪魔なんだけど、切ったらもう一回結んでくれる?」

「もちろん。」


 リリスの一言に、イシスは即答する。


「せっかくだから、おやつを用意しておいたんだ。食べるでしょ?」

「ありがとう。もらうわ」


 お茶菓子を出してくれるイシスに頷いたあと、リリスは立ち上がり部屋の端にいつも用意されているお茶セットのところへ向かう。仕事の合間に喉を潤すために用意してあるそれらから必要な分だけ水と茶葉をより分ける。

 水をお湯にするのは魔導具でもできるけど、自分でやった方が簡単だから、リリスはすっと水をいれた器を手にとる。

 両手で器を包むように持つと、さほど待たずに湯気が沸き上がる。

 あまりにも鮮やかにするものだから、いつもイシスはほわーっと変な声を上げてその現象を見つめるのだ。


「本当に、リリィの魔術は不思議だ。」

「特別な事はなにもしてないはずなんだけどね。」

「杖を持たなくても鮮やかにお湯を沸かすんだから、大したものだよ。」


 手放しで褒められると普段あまり動じることのないリリスでも少しは照れるというもので、苦笑を斜め上にある深緑の瞳に投げ掛ける。


「お茶の時間にしましょ?」

「そうだね。」


 黒褐色の茶葉をポットに投げ入れ、今沸かしたばかりのお湯を入れる。備え付けの砂時計をひっくり返して、手近のカップを手にとる。

 少し両手で包み込み、やり過ぎない程度にカップを暖めてあげる。リリスが手放したカップをイシスはすかさず持ち上げ、その暖かさにまた吐息をはいた。

 この至近距離でも何をしたのか全くわからない。

 なにもわかるはずがないのに、手の中のカップに夢中になるイシスに、リリスは手を出してカップを返すように催促する。

 イシスがカップと戯れている間に砂時計が落ちきりそうなのだ。イシスはおとなしくその手にカップを戻し、一連の行動をじっと眺める。

 砂時計を見送って、ポットと茶漉しを手にするリリス。ティーカップの中に澄んだ黄色がかったオレンジ色のお茶が落ちて行く。茶葉の色は濃いが、このお茶はとても澄んだ色で抽出される。

 ふんわりと立ち上る蘭の様な香り。


「またずいぶん高いお茶だね…」

「そうなの?」

「私みたいな一般市民じゃ自分で買えない金額。」

「へぇ」


 正直、価格の事はあまり興味ないイシスは気のない返事をし、リリスが淹れてくれたお茶をさっとかっさらい両方テーブルへと運んでいく。


「さ、召し上がれ。」


 にっこり笑う。


「いれたの私なんだけどな。」

「リリスに用意したのは僕だから。」

「じゃあ、いただきます。」


 お茶に口をつけるリリスをじっと見ながら、どう?と、イシスは聞いてくる。

 当たり前だがとても美味しい。


「好きな香り。」

「やっぱり。リリィは好きだろうと思って、届いた時にね、取っておいたんだ。」

「別に取っておかなくても…」

「だって、手にはいる時期も量も限られてるから。」

「……」


 リリスはちょっと黙ってしまった。

 香りと味の時点で高いだろうなと思ったけど、その上を行く品だという事がわかって何て言ったら良いかわからないなと思った。

 だからひとまず


「ありがとう。すごく美味しい。」


 その気遣いにお礼をのべておいた。

 ひとしきりお茶菓子も勧められるままに食べ、お茶を楽しんでる間に時間は進み、執務室の扉を叩く音がした。



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