2話
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未成年にして最強と言われた魔法師。
そう言われる少年がいた。なんでも使えて力も強く展開も早い彼は、魔法師として最高ランクである永久魔法師の称号を貰っていた。大人でも適う者はなく一人で敵を屠るだけの力を持っていた。
しかしある日、彼は突然『辞める』といい機関から抜けた。
その後の彼を知る者はなく、生きているかもわからないと噂されていた。
その能力を惜しいと言う大人ももちろん居た。辞めると言った彼を引き留め、もう少し一緒に仕事をしないか、と誘った大人もいた。しかし彼はどの誘いにも首を縦には振らなかった。
◇
「市場は広いですね……いろんなお店がこんなにっ」
「こっちには後で寄ろう、今は別。着いておいで」
市場から一本左へ路地をはいっていく。賑わいは落ち着き、建物の影になり少し薄ぐらいが柔らかいオレンジ色の街灯がついていた。
「ここだよ」
ある店の前で立ち止まるとその店の扉を開ける。
カランカラン、と扉が開くのに連動しベルが鳴ると店の奥から一人の女性店員が、少しだるそうに欠伸をして出てきた。その様子を見て「相変わらずだな」と肩を竦めレイヴァルは店内へと足を踏み入れた。
「あら、レイじゃないの。珍しいわね、あなたが店に来るなんて」
「……アキラさん、俺だって買い物くらいしますよ」
「そうよねぇ? でもここ女物の店なのよねー?」
アキラは不敵に微笑むとゆっくりレジカウンターに腰掛け、頬杖を着くと「そちらのお嬢さんは?」と視線をシエラに向ける。
「あぁ、シエラって言いいます。訳あって預かることになって、こいつ用に何着か服を見繕ってくれませんか」
「シエラちゃんっていうのね? あたしはアキラ、よろしく、可愛いお嬢さん」
まったりとした口調で言うアキラに対し、慌ててお辞儀をするシエラ。
どこか戸惑っている、というか慣れない様子でモジモジとしていた。
しばらく他人と会話していなかったせいなのだろう、仕方ないな、とレイヴァルは思った。どうしていいのか分からない、というのはレイヴァル自身にも覚えはあるし、人との付き合いが上手くいかないのは自分も同じだった。
やがて困ったシエラはそっとレイヴァルの背に隠れるように立つと服の裾をぎゅっと掴んだ。
「あらあら、恥ずかしかったのかしら?」
「人馴れしてないんだと思う。……シエラ、彼女は大丈夫だ、普通にいい人だよ。彼女に服、選んでもらおう? こういうのは女同士の方がいいだろ」
少々不安そうな表情ではあったが小さく頷きレイヴァルの横に並ぶようにして立ち、アキラに向かって一礼した。「よろしくお願いします」と小さな声ではあったが、はっきりと彼女は口にした。
「こちらこそ、よろしくね。どんな服がいいとかあるかしら?」
「えっと……特には、ないです」
「なら、無難に可愛く、かしらね。……レイ、予算は?」
「気にしなくても大丈夫です」
レイヴァルの言葉にニヤッと笑みを浮かべると、アキラはゆっくり立ちあがった。シエラのそばに行くと「こっちよ」と手を引くように店の奥へと消えていく。時々振り返るようにレイヴァルを見るシエラに、優しく微笑み返すと彼女は安心したように頷きアキラと共に奥へと歩いていった。
待っている間、ヘアゴムやクシ、かえのタオルなど小物を見て回る。しかし女性のものは何をどこまで買えばいいのかわからない。そのためアキラが戻ってくるまでは完全に「揃った」とは言えなかった。
そして、女性の服選びは長い。
幸いこの店には休憩スペースとして椅子とテーブルが置いてある。レイヴァルはもてあました時間をどうすることも出来ないまま、気づけば一時間が経過していた。
痺れを切らし立ち上がると、奥にいる二人へ声をかけようと口を開いた時だった。
「いやー、待たせたわね」
大きく伸びをしてあくび混じりに言うと、視線を自分の後ろへ向ける。ゆっくり出てきたシエラの姿を見て驚いた。
「見違えたでしょ?」
髪は綺麗に梳いてもらったのか歩く動きに合わせふわっとなびき、服はフリルの着いた白いシャツに赤い大きなリボン、膝丈のスカートにもフリルが付き、女の子らしい容姿になっていた。シンプルだがとても可愛らしい。
「今着てるものの他に、何着か用意したわ。髪の梳かし方は彼女にしっかり教えたから、自分で出来ると思う」
「だいぶ変わったな」
「……っ」
「シエラ?」
「こ……こんなに可愛い服、着たことなくて」
「……恥ずかしい?」
レイヴァルの問いにブンブンと首を縦に左右に振る。
「なら、どうした?」
「……う、嬉しくて……っ」
ぎゅっと目を閉じ力強くシエラは言った。その姿に驚いたように目を瞬かせたがやがて「クッ……」と笑いを堪えきれず声に出して思いっきり笑っていた。
そんなレイヴァルの姿にオロオロとするシエラだったが、落ち着いたレイヴァルは「悪い悪い」と少女の頭を撫でた。
「嬉しいならよかった、連れてきた甲斐があったよ」
「……レイ、笑えるのね?」
「あのな、俺だって人間ですよ? 笑う時は笑います」
「えっと……、ありがとう、ございます。レイ、叔父さま」