1話
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レイヴァルの自宅は森から二十分ほど歩いた街中にあった。森にある家よりも大きめで二階建てのその家は、一人で住むには大きすぎるくらいだった。
だからシエラを迎えても特に不都合はなかったのだが、男の一人暮らしだ、想像がつくかもしれないがとにかく汚い。本人も自覚はしていて片付けと掃除をしなくては、といつも思うのだがついつい怠けてしまう。
魔法師として活動していた時も身の回りのことは殆ど人任せだったな、と思い出し後悔を飲み込んだ。
「……汚くて悪いな」
「いえ、ちゃんとした家はやはりいいですね、温かみがあって」
「この状態の家を見て、いいねなんて言うやつ、きっとあんたくらいだぞ」
床に落ちている服を適当に拾い集め一箇所にまとめながらリビングへとシエラを招く。テーブルの上にも自分が行った薬草の調合後が散乱していたが、そこは寄せずあえてそのままにし椅子に座らせた。
「……なにか作っていらっしゃるのですか?」
ポーションの瓶に入った緑色の液体を指さしてシエラが問いかける。他にも薬研に似たものも置いてあったせいもあり、興味深々と言った表情で見つめていた。
特に隠すことでもないし、とレイヴァルはポーション瓶を手にし小さい皿へ中身をあけて見せた。
「これは回復効果のあるポーション……、まあ薬だな。こっちのは薬草を磨り潰す為のもの」
「レイヴァルさんは薬師なのですか……?」
「……レイでいい。俺は薬師じゃないよ、元は魔法師だ」
レイヴァルが言うとシエラは驚いたように顔を上げた。
「薬師ではないのなら、何故こんな……」
「趣味だと思ってくれ。前から調合には興味があったんだ。……それより部屋の片付けを手伝ってくれないか? その後であんたのものを揃えよう」
「お手伝いは、喜んでやらせて頂きますが……わたしの、ものですか?」
「そう、あんたのもの」呟くように答えると一箇所にまとめた服を洗濯場へ持っていく。シエラには床掃除をお願いし、自分はひたすら散らばした服やら資料やら調合したメモをまとめ棚に収めていく。
「この家にも向こう同様、女物の服はないからな。一緒に住むならさすがに買い揃えないといけないだろ?」
「ですが、お世話になる上に物まで揃えて頂くなんて……っ」
「じゃあ聞くが、下着はどうする? 普段着は、寝る服は? ついでに言えばこの家にはクシなんてものもないから、あんたの長い金髪の手入れも出来ない」
シエラは掃き掃除をしていた手を止め少し俯くと、「そういう生活には、慣れていますから」とトーンを下げぽつりと呟いた。
しまった、とレイヴァルは思った。
今まで地下牢にいた彼女にとって風呂なんてないのは当たり前、服だって気構えたことは無かっただろう。髪だって初めてあった時あんなに汚れていた。手入れされていなかったのは目に見えてわかっていたはずなのに。
「……すまない、考えなしだったな」
申し訳なさそうに言うとシエラはキョトンとした表情で首をかしげた。何故謝られたのか理解していないのだろう。
「いや、いいんだ。忘れてくれ。……今は片付けに集中するか」
「はい、お掃除頑張りますね!」
◇
昔からそうだった。
人よりも能力が高くどこか人を見下したように見える彼は、集団の中で孤立していた。なんでも出来るからと、隊編成のさいも単独行動を命令されることが多かった。それは上が決めたことではなく、同じ部隊の中で「彼とは組みたくありません」という声が多かったために、仕方なく上はその声を反映させた。
彼はそれでいいと思った。
集団より単独の方が動きやすかったし迷惑もかけないし、かけられない。好き勝手動ける分身軽ではあった。
しかし、そういった行動のせいで他人との関係が余計に上手くいかなくなっていた。人の気持ちがわからないのだ。
『常識』が彼の『常識』と異なるが故に、異端扱いされていた。それを気づくためには集団の中で様々な人の意見や考えに触れ、見聞を広げるしかない。だが、ずっと一人だった彼にはそれを知る機会は訪れなかった。
そして気づいたら『辞めます』と、そう口にしていた。
◇
「やっと片付いたな……」
家の中を掃除し始めて約三時間。室内は見違えるほど綺麗に蘇っていた。
「この家、こんなに広かったんだな……知らなかった」
「えっと……いつからこのお家に?」
「五年ほど前かな、あの頃からものはあったからここまで片付けたのは初めてだ」
その言葉にさすがのシエラも言葉を失ったようで、目を泳がせながら「そ、そんな長い間一人で……大変でしたね」と口にした。
おいこら、何故棒読みなんだ。
そして目を合わせろ……シエラ。
「あんたの部屋は二階、上がって左を使ってくれ。俺のは一階にあるから何かあったら来てくれ」
「お部屋を、頂けるのですか!?」
「……同じ部屋はまずいし」
呟いて彼女の方を見ると「何がまずいのですか?」という表情でこちらを見ていた。レイヴァルはこりゃ意識するだけ無駄だな、ともう気にしないことにした。彼女は親戚の子、そうしよう。そうすればまだ一緒に住むことにも違和感はなく、たとえ同じ部屋に寝ようが問題もない。
よし、と一人で納得しシエラと視線を合わせるように体勢を変え、
「シエラ、今日からあんたは俺の親戚ってことでこの家で預かる。外では俺の事叔父さんと呼ぶこと、いいな?」
「叔父、さま……?」
やばい、なんかいけないことを言わせてる気がしてきた……。
シエラが可愛いことをレイヴァルは認めているし、年齢のせいもありますます可愛いのだ。そんな子に少し上目で「叔父さま」なんて言われちゃ、その気がなくても思うところはある。
気にしないようにする、と決めたばかりでこれか、とレイヴァルは自分自身を嘲笑した。
意外に自分は歳下に甘いらしい。
「さて、シエラ。買い物に出ようか」
「はい! えっと……レイヴァル、叔父さま」
「……レイでいいって言ったろ」
柄にもなく恥ずかしいのだ。
顔が熱を持ち赤くなっているのだろうな、とレイヴァルは思った。
対してシエラは楽しそうにニコニコとしていた。初めてあった時よりもだいぶ慣れてきたようで表情も柔らかかった。その姿に少し安堵してレイヴァルは財布を持つとシエラを連れて家を出た。