2話
家に戻って倉庫から土を運ぼうと、踵を返したところでレイヴァルは振り返った。
目が覚めた時の為に薬膳粥でも作っておくか。
そう思い回復効果のある薬草と、栄養価の高い薬草、他にも何種類かを摘み持ち帰る。細かく刻んで粥に混ぜ、苦味の強いものは水にさらした後塩で揉んで苦味を抑えなくては。レイヴァルはそんなことを考えながら家に入る。
すると寝かせていたはずの少女の姿はなく、一度外へ出て裏へまわると薬草園の端に申し訳程度の花壇があるのだが、その前にしゃがんでいる少女を見つけそっと近寄った。
「起きて大丈夫なのか?」
声を掛けられると少女は驚いたように立ちあがりレイヴァルの方を振り返る。表情には連れてきた時より赤みが戻っていたが、まだどこか疲れたような顔をしていた。
「あ、あなたは……」
「逆に聞きたいよ、あんたは何者? 魔物のでるこの森に近づく人なんて、居ないはずなんだけど」
問うと少女は口を閉ざす。
言いたくないのか言い難いのか、少々考えた後彼女は口を開いた。
「わた、しは……シエラと言います。信じて頂けないかも知れませんが、ついさっきまで地下牢に居ました」
「……地下牢? この近くにそんなもの、なかったはずだが」
「私にも分からないのです。閉じ込められてから何年経ったかも分かりません。長い間閉じ込められている事に疑問を持たず出たいと思ったことのなかった私は、出たいと願いました。そして気がついたら森にいて意識を失って……。目が覚めたらベッドに寝ていました」
にわかには信じられない内容にレイヴァルは怪訝そうな表情で彼女を見た。しかし嘘を言っているようにも見えず、さらに言えば少女の状態から牢に入っていたという言葉は嘘に思えなかった。服も髪もやせ細ったその体も、普通に生活していればこうはならない。まして奴隷制度も何十年も前に廃止になっている。
信用する、とは言えなかったが、信用は出来ると思った。
「ベッドに寝せたのは俺だ。この森に出入りしているのは俺しかいない。……とりあえず事情はなんとなく把握した。ひとまず一度家に来るといい、風呂と着替え、あとご飯も食わないとな」
「……信じて、下さったのですか?」
「まだなんとも。ただ、そのままにしても置けないからな」
「ありがとう、ございます」
弱々しく微笑む彼女、シエラに背を向け歩いていく。彼女は後ろからそっと着いてきた。
「……これ、女物の服は生憎なくてな、こんなもので悪いが。あと風呂は廊下を右、お湯は捻れば出てくるから。分からないことがあったら呼んでくれ」
そう言い渡したのは男物の黒いシャツとズボンだった。彼女の体格からすれば確実に大きいが、仕方ない、これしかないのだ。
同時にタオルも渡しレイヴァルはキッチンに向かい粥を作る準備に取り掛かる。
先程の薬草を刻み食べやすい大きさにし、水を入れた小鍋にダシとご飯を入れ火にかける。ふやけてきたら薬草と溶き卵を加え蓋をして火を止める。出来上がると同時にシエラが音もなく戻ってきた。
「……いい香り」
思ったよりも早く戻ってきてレイヴァルは驚いたように彼女を見るが、こんなもんなのか? と鍋を持ってテーブルへ向かう。
「適当に座ってくれ、熱いから気をつけて」
「ありがとうございます。……何だかすみません」
「気にしないでいいさ。やりたくてやってる事だし」
小皿と匙も置き、自分はお茶を入れる準備に取りかかった。
シエラは小さく手を合わせ「いただきます」とお粥をすくって皿へ移していた。一口食べたシエラは目を見開いてもう一口、さらにもう一口とどんどん口へ運んでいく。
そんなに腹が減っていたのか……?
レイヴァルはそんなことを思いながらお湯を注いだティーポットとカップ二つをテーブルへと運んだ。
「あまり急ぐと詰まらせるぞ?」
言いながら別のコップをひとつ用意し、水を注ぐと彼女の所にそっと置いた。
「す、すみません……あまりにも美味しくて」
「どんなもん食って過ごしてたんだよ、あんたは……」
カップにお茶を注ぎ呆れたようにレイヴァルは言った。
牢での飯なんて想像つく気もしたが、まるでほとんど食べてなかったかのようながっつきぶりじゃないか。
お粥を食べ終わり、水を飲み干すと一息はいてホットしたように口元に笑みを浮かべた。
「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
「そりゃよかった」
少しの沈黙のあと、シエラはレイヴァルの入れたお茶のカップに手をかけ「覚えていること、お話します」というと、ゆっくりと話し始めた。