女(体化)勇者、モンスターを料理中!
さっぱりと晴れた青空に、打ちよせては砕ける波のしぶき。
海沿いの街道を下る人影はふたつ。
ひとつは、
――平均より高い上背に、朱銀色の長髪が無造作に垂れている。
二十歳をいくつかすぎたところだろうか。寡黙に結んだ口に厳しい表情の青年だ。
腰に帯びた剣は左右。柄にも鞘飾りはない。
上質だが簡素な鎧は、攻撃など蹴散らすという意気の表れか。
隙のない物腰と、長身のわりに機敏な物腰。
双剣士の男。
こちらが勇者だろうか。
誰の目にもそう見えるだろう。だが……
――ちんまりした体つきは、まるで子供のよう。だが、豊満にして、ぷるん! と盛り上がった胸は、その印象を裏切ってあまりある。
くせのある豊かな深紫の髪。背に負うのは、長い柄の先に鎖でつながれた星状鉄球……まさかのモーニングスター。
丸い瞳をきらきらと輝かせて、ふんすふんす! と勢いよく足を動かしている、若い娘。
彼こそが勇者なのである。
いや、言い間違いではない。『彼女』ではなくれっきとした『彼』なのだ。
海風に運ばれた水滴が顔にかかる。
「わぷ!」
塗れた目元をてのひらで拭くと、紫髪の『彼』は眉をしかめた。
つやつやした唇が紅毛の男へと尖る。
「なあ、アラエ。次の宿場までまだ遠いのか。オレ、足の裏がつるつるになっちまうよ」
「黙って歩け」
アラエと呼ばれた朱銀の双剣士は、無駄なく応えて口をつぐむ。
そっけない態度だが、慣れているのか、少女の文句は止まらない。
空を仰ぐと、傾きはじめた太陽を勢いよく指さした。
午後の日差しは穏やかな海面にふりそそぎ、柔らかな光が波間に散っている。
「歩いただろう! 朝にカグカハの宿を出てから、たっぷりと! ほれ、見てみろ。お天道さんはもう帰り支度してるぞ」
「口が減らない」
またもやピシャリと返答して、アラエはため息をついた。
まだまだ悪態をつきたそうな少女の膨らんだ頬をチラリとみると、しぶしぶ口を開く。
「ウルスラ」
「女の名で呼ぶな。オレの名前はウルススだ、アーラエ・ノクトゥス」
いーっと歯を見せる少女――ウルスラ――に構わず、アラエは深く息を吸いこんだ。
「聞けウルスラ。このあたりはさびれている。民家もまばらだ。宿は探せばあるかもしれん。だが先の旅程を考えれば先へ進みたい。この調子ならば夜までにソダツカへ到着する」
「あァん? あそこ、治安が最悪じゃないか」
「場所さえ選べば野宿よりマシだ。お前も早く着きたいんだろう」
アラエの目が鋭くなる。
かみ殺すように、言葉を吐き出した。
「呪いを解きに、旧都『ギャウ』へ」
「……まあな」
ピタリと軽口を止めて、ウルスラも真剣なまなざしで顔を上げた。
青い波がよせる海岸線はずっと続く。
その向こうに立ち上がる、もやがかって遠く離れた緑の山脈。
遠くからでも天然の城壁のように高くそびえて見える、その山々を越えて、幾本もの大河を越えたたところにいるのだ。
彼ら二人の宿敵が。
「そうと決まれば、さっさと行くぞ! アラエ」
「調子のいい……」
ウルスラの足がふたたびピョコンと跳ねあがる。「いくぞー!」と誰にともなく気合を入れなおして、背中のモーニングスターを景気よく振り回した。
ギュンッ!
鎖が伸びる。
長く、長く……少女の小さな背にあったとは思えないほど、後から後からどんどん伸びて……同時に、拳ほどの大きさだった星状の球体は、一抱えもありそうに膨らんでいく。
ギョッとしたようにアラエが目を見開く。
「あ、待てこの馬鹿! そんなに振り回したら」
「大丈夫だよ。オレが何年この相棒と付き合ってると思ってるんだ」
「そうじゃない。お前の『不運』を考えろと」
「うわぁ!!!」
鈍い音がしたかと思うと、ウルスラがぐらりと体勢を崩した。
先ほどまで景気よくぶん回していた武器は、回転軌道を大幅に外れていた。
盛大な波しぶきをあげて、星球が海面に落ちる。
と同時に、巨大な影がふたりを黒い闇で包んだ。
「言っただろう」
「すまん」
断続的に吹きつける風。
耳障りな金切り声。
重たい羽音。
茶褐色の翼を広げると家ほども大きさがある。
それは巨大な鳥だった。
アラエが顔をしかめる。
「……転回鳥だ。面倒くさい」
「だから、すまんて」
「逃げても追ってくるぞ」
「仕方がないが、やっつけるか。ここがお前さんの命の納めどころってねぇ!」
ウルスラは長柄を構えなおす。
先ほどまで伸びて膨らんでいた星球は、今は小ぶりに戻って彼女の手の内だ。
調子の良さに頭を振りながら、アラエも双剣を引きぬいた。