9:思慕1/MALIside
「好き」
このたった2文字が、こんなに温かくてすてきなものなんだと、アタシは知らなかった。
自慢じゃなく同じようなことを今までにたくさん言われてきたけれど、こんなにどうしようもなく愛しい気持ちになったのは初めてだった。
きっと今までアタシの恋は心のどこかで本気じゃなかったんだと思う。
目の前で顔を熟れたトマトのように真っ赤にしている愛しい恋人、幸村弥生先輩との出会いは今からたった2日前。実は離ればなれになっていた幼なじみだったとか、前世での繋がりだとかそういうのがあればすてきだったんだけれど、そうじゃない。ただ単にアタシの一目惚れだった。
先にも言った事だけど正直アタシは男の子からモテる。親がキレイな顔に産んでくれたこととか、楽しいことが好きで勝手に明るくなった性格とか、理由は色々あるんだろうけど結果としてこうなってる。
別に嫌じゃないし、むしろ必要とされるのは嬉しいことだった。一部の子にはだらしないだとか言われてたみたいだけど、普通に同性の友達もたくさんいたし気にならなかった。
で、先輩を知ったあの日、あの時は男の子をフッた後だった。2週間くらい前に前の彼氏とは別れていたけれど、なんとなく気分じゃなかったからフッた。
ほんのり感じる申し訳なさと共に、家に帰ろうと学校の廊下を歩いていたとき、通りかかった教室に人の気配を感じた。もうすぐ最終下校時間だけどなにをしているんだろうと気になって覗いてみると、窓際の席で人が一人寝てる。いつもなら素通りだけど、そのときはほんとうに、ただなんとなく気になったから近づいたんだ。理由を言うとするなら長い前髪が顔を隠していたからとか、今思えば運命の赤い糸的なやつで繋がっていたからとかかもしれない。
そうして寝顔を見て、驚いた。白い肌。長い睫毛。小ぶりだけど整った形をした鼻。小さな桜色の唇。一言で言うなら、“まるでお人形さん”だった。
こんなに可愛らしい容貌なのに、どうして話題にならないのか。ああ、隠してるんだ。この長い前髪で。そう思うと、今度は「もったいない」と思い始めて、動いてるところが見たい、話してみたい、どんな声なんだろう。とか、帰りの電車も、家に帰ってからも馬鹿みたいにずっと先輩の事を考えてた。
―――そして次の日、お昼休み。アタシは昨日の教室に行ったんだ。そうしたら先輩はなんかひとりぼっちで。思い切って話しかけてみたらなんか「びええ」とか言ってるの。鈴みたいなキレイな声して。もうアタシはおかしくなってたのかもしれない。そんなのも可愛く思えて。勢いで隣に座ってしまった。
それからはもう、アタシは自分のことを知ってもらいたくてひたすら自己紹介して。
そうしたら先輩はいきなりぶつぶつ何か言い始めて。なんで私なんか……気まぐれだよなあ……もっと可愛い子と……なんて言ってるもんだからつい「先輩がそうなればいいじゃないですか!」なんて言ってしまった。だって、あんなに可愛い顔をしてるのに無自覚だなんてもったいない……。
アタシは決めた。帰りは先輩と美容室に行こうって。