8:両想
「でもさ……。 先輩すっごく可愛いんだよ。見た目はもちろんだけど性格も……。控えめでおしとやかだし結構喋ったけど先輩が人の事悪く言ったのなんて一回も無かったよ。 自分の事は悪く言っちゃうみたいだけど……、そこもまた謙虚で可愛いってゆーか。 とにかく!
……アタシさ、先輩のことびっくりするぐらい好きみたいなんだよね。だからそれを悪く言う奴は嫌いってゆーか……。 アンタとは結構仲良く出来てたと思ったのに残念だわー。 明日からもう関わらなくていいよ。」
「え、何言ってんの……? 好きってなに? 女同士じゃん……意味分かんない!」
「はあ……」
怒声と共にトイレから出て行く荒い足音。後に残るは篠宮さんのため息だけ。
いやいや。篠宮さん私のこと好きすぎじゃないか……? 顔が熱い。今私の頬を濡らしているのはきっとさっきとは種類の違う涙だろう。どうしよう。どんな顔をしてここを出れば良いのかわからない。
「は~、ちょっと言い過ぎたかな。 まあいいや帰ろ……」
トイレには鏡でも見に来ただけだったのだろう。遠ざかる足音。
……逃げちゃだめだ。今伝えないと。伝える?何を。いやそんなのどうでもいい。今会わないときっと明日も顔を合わせられない。
私は見えない力に押されるように個室を飛び出しトイレの出口に向かって歩く篠宮さんに後ろから抱きついたのだ。
「……し、篠宮さん、待って」
「へ……せ、先輩なんで泣いて!? もしかして全部……」
「聞いてた」
「わああ……違うんですちょっと口が滑ったって言うかあんな気持ち悪いことべらべら喋るつもりじゃなかっ」
「好き」
篠宮さんの言葉を待たずに言ってしまった。待てなかった。
「え……?」
「好き……です……! ちゃんと言えなくて、ごめんなさいっ、同性だから、さっきみたいに、馬鹿にされるって思ったら、怖くて……でも、好き……そんなのどうでも良い、くらい篠宮さんが……あなたが好きって今思い、ました……っ」
ぼろぼろ泣きながらだった。ちゃんと伝わっているかわからない。恐る恐る涙でぐちゃぐちゃの顔を上げると篠宮さんは困ったような顔をしていた。
「篠宮さ……」
「茉莉って呼んで」
「……! 茉莉……っ!?」
キスをされた。頭がそれを理解したのは、零距離にあった長い睫毛と栗色の髪が離れていった後だった。
初めてだった。少し触れ合っただけなのに頭がくらくらしてしまうような甘美な感覚だ。
「はは、先輩顔まーっか。 これでちゃんと両想いだ。 やば……めっちゃ嬉しい」
花が咲いたみたいな明るい笑顔。これに私はまんまと絆されてしまったんだなあ。でも、全然悪い気分じゃないな。むしろ、最高に幸せな気持ちだ。




