小さな糸口
被害者宅では、数時間前まで葬式が行われたらしく、まだ忌中札が玄関に設置されたままだ。
「ピンポーン」
被害者の夫である大介が、チャイムとともに現れた。
「こんな時に申し訳ありません。まずはご焼香をさせてください」
佐久間たちは深々と頭を下げ、焼香を済ませた。
「本日、お邪魔させて頂いたのは」
「美樹のことですね。ここでは何ですから外で話しませんか?」
近くの公園で、大介は重たい口を開いた。
「美樹は、妻の友人です。大学時代の。そして、大学時代の私の恋人です。妻とは美樹と交際していた頃に、合コンで意気投合して、浮気して子どもが出来てしまい、学生結婚しました」
「失礼は承知で、無粋な質問をします」
山川刑事が、切り出した。
「被害者である和恵さんと美樹さんはあなたを通じて、喧嘩しなかったのですか?普通、恋人を最悪な形で寝取られ、結婚された日には。美樹さんは、和恵さんを恨んでもおかしくないと、思いますが」
「逆ですよ」
大介は溜息をついて、佐久間を見た。
「子どもが出来たことで、結婚したのは和恵ですが、彼女の大学生活は苦痛以外何物でもなかった。学生であるための単位取得と家事、子育てが彼女の時間を容赦無く奪い去った。私も、育児はある程度手伝いましたが、大学時代、妻に隠れて、美樹とも交際を続けていました。元々、妻より美樹が好きでしたから。卒業して何年かしたら、妻とは離婚し美樹と再婚する約束をしていました」
佐久間は、何か引っかり尋ねた。
「美樹さんは、今東京にお住いですか?それとも、この浜松にお住いですか?」
「美樹は、東京に住んでいます。おそらく私の知らない男とね。二人目が妻に出来た時に、愛想をつかされ、東京に行ってしまいました」
「すると、やはり和恵さんは、東京で美樹と会うために、上京したのか」
山川刑事が、人差し指を噛みながら、考えていると、佐久間がハッとして大介に再び尋ねた。
「あなたの話から二人は友人でも表面だけで心から仲良しだったとは、思えません。また、恨みがある和恵さんから、美樹さんに近づいたならば、何か二人にあるような気がしてなりません。例えば、和恵さんが美樹さんの弱みを掴んでいて、恨みを晴らしに上京したとか。仏さんを悪く言えませんが。美樹さんの居場所を、教えて頂くことは出来ませんか?」
「美樹の居場所は、私は本当に何も知らないんです。もし、妻以外に美樹の居場所を知っているとすれば」
「知っているとすれば?」
山川刑事が、眉をひそめる。
「山さん。まあまあ」
佐久間が、山川刑事の肩を軽く叩いた。
「大介さん、どうか教えてください。今更ですよ。和恵さんの死が、ただのチンピラによるものであるとは、どうしても思えないんです」
大介は、これ以上隠せないと思ったのか観念した口調で答えた。
「春名です。三条春名。彼女なら、美樹の居場所が分かるはずです」
「春名さんは、東京ですか?」
「いえ、彼女は熊本に住んでいます」
佐久間は、声を静めて確認する。
「春名さんも、もしかして」
「はい。三股でした。お恥ずかしい。」
田中大介に事情を聞いた佐久間たちは、浜松駅に向かっていた。
「何てやろうだ。」
山川刑事は、送迎パトカーの中で怒りを抑えられず、激昂していた。
「まあまあ、山さん。仏さんは可哀想だが、手掛かりが、わかったから御の字じゃないか。捜査が進展している証拠だよ」
「このまま、熊本に行かれるのですか?」
風岡が、佐久間に聞いた。
「いや、今日は警視庁の捜査本部に戻り報告しようと思います。捜査の進展が気になるからね。」
「それではまた必要な時にお呼びください。いつでも案内いたします」
風岡に別れを告げ、佐久間と山川は、一度捜査本部に戻り状況確認を行い、翌日の朝一の便で熊本に飛んだ。