犯行の経緯
被害者の持ち物には、財布、ハンカチ、化粧品、携帯、予定帳があった。
携帯電話の履歴には、東京に上京してから
使用した記録がなく、電話会社にも確認したが履歴自体を消した行為もないようだ。
予定帳には、上京日の欄に次の記載があるだけだ。
『美樹に写真を。五十。』
「美樹という人物に心当たりがあるか、ご主人に問い合わせてみます」
山川刑事が、夫に美樹という人物について確認している間、佐久間は楠木に尋ねた。
「楠木よ。お前は何時に、被害者と知り合った?」
「・・・・十九時半頃」
「被害者が、一人で飲んでいたのか。どこのバーで知り合った?」
「サンタモニカ。ちょうど飲みたい日でビールを引っ掛けに寄ったんだ。そしたら、彼女、ヤケに嬉しそうでさ。初めて会う俺に、ビール奢りますから晩酌しないって、向こうから誘って来やがった」
「お前さん、モテるんだな。確かに顔は悪くない。今時の若者だ」
「据え膳喰わねば何とかって言葉を思い出してさ、ひょっとして、今夜はヤレると思ったね」
「それでホテルに誘ったのか?」
「向こうからね。案の定、夜は楽しまして貰ったよ。溜まってたんだろうね。小遣いもくれてさ」
「ほう。随分と、気前が良いな」
佐久間が『ほう!』という表情を見た楠木は嬉しそうに身を乗り出して、話を続けた。
「だから、こいつは金になるって考えた。次の日も、朝早くから、一発やってさ、テレビ裏に仕込んだカメラで写真を撮って、強請ろうと寝ている間に仕込んでおいたよ」
「よく、仕込めたな。それを使って強請ったのか?」
「ああ。朝一発終わった後、女が成田山に行くと言っていたな。どの電車で行けば良いか聞かれたから、成田線で上野駅から直行便があると教えたよ」
「成田山?何か目的らしきことは言っていた覚えは?」
「特に何も。ただ、嬉しそうだったな」
「嬉しそう?」
「ああ。あれは、男か金だね」
「何故、成田山に行くのに成田線を教えた?京成スカイライナーや京成電鉄もあると思うが?」
「田舎から出て来たと言っていたから、成田線が一番シンプルだろ?実際、成田駅で降りて歩いて参道に行けるから。それに、強請るには、時間が掛かるにこしたことないからね」
「いつ、強請った?」
「柏駅を過ぎた辺りかな。柏駅までは人が多いんだよ。柏駅を過ぎて、我孫子、湖北と向かうにつれ、単線になり、田舎の電車と変わらない空気になる。乗客も柏駅で一気に減るし。あの時間学生も乗ってないし勝負を賭けたよ」
「だが、女は強請りには応じなかったと」
「ああ、急に強気になってさ。そんなことするなら警察に言うし、大声出すわよとね」
「それから?」
「俺はすぐに謝ったよ。写真は消すって言ってね。大声出されると困るし」
「だったら、すぐ下車すれば良かったのでは?殺すことはない」
「・・・逆に脅されたのさ。成田山まで案内しろとね。でなきゃ、大声出すと」
「確か、木下駅で、車掌に成田参道に行くには成田駅で降りるのか聴いていたらしいがそれを見ていたか?」
「ああ、俺のことを信用してないみたいだったよ。車掌に俺のことを話すかもしれない。だから、車掌と話している間に紅茶の中に青酸カリを混入させた。殺すしかないとね」
「どうやって飲ませた?」
「簡単さ。一息入れようと言ってな。あと成田山お参りしたら、最後にもう一度ホテル行こうと言ったら、機嫌取り戻してね。どこまで溜まってるんだか」
「青酸カリは、どこで入手した?」
「俺は、自殺希望者でさ。いつでも死ねるように常時持つことにしているから、そんな昔のこと忘れたね」
「青酸カリで自殺を図るか。しかし、あれを使うとどんなに苦しむか、お前さんも見ただろう?」
「・・・・・・・」
佐久間が呆れているところに、問い合わせをしていた山川刑事が戻ってきた。
「警部。何かありますよ。美樹の名前を出した途端、少し間をおいて、家内の友人だと思われますと。夫は、何かを隠している気がします」
「住所は、静岡県浜松市北区だったね」
「はい。静岡県警に要請しますか?」
「いや。・・・行ってみるか、浜松へ」
「・・・そうですね。参りましょう」