表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/31

閑話。



「美味かった……」


 梓がしみじみと言い、ほたるも同意してうんうんと頷いた。

 どれだけ怒っていても、ほたるたちにはいつも優しく接してくれる兄だが、感情がぶれている時は、恐ろしいことにそれが料理に現れる。

 それもかなり、あからさまな具合に。

 まず調味料の存在を無視する。

 人間用を味つけもせずに、犬用と同じ行程で作ってしまう。

 焼き魚など後から醤油をかけたり塩を振ったりできるものならまだしも、煮込み料理でそれをやられると、本当に切なくなってくる。

 なので話し合い、兄の代わりに腕を奮うことに決めたのはいいものの、梓もほたるも料理は得意ではなかった。

 料理に関しては普段、紫野に頼りきりなので、レシピを見ても作れるかどうか内心不安だった。

 梓もそうだったのだろう。

 結局お客様である雛菊にほぼ任せきりになってしまったが、美味しいご飯を食べれてほっとした部分が大きい。


「そういえば、いつもは女の人は絶対にうちに入れないのに、何であのお姉さんはよかったの?お店のバイトさんだから?」


「それもあるけど……。どう見ても兄貴狙いじゃないし、それにあの人、昼間泣いてたから」


 梓は一見クールに見えて、困った人や動物を放っておけない性格だ。

 純粋に人でも動物でも、いわゆる捨てられた悲しい顔に背を向けることのできない、面倒な性質を持っている。

 道に迷っていれば目的地まできっちりと案内をするし、家出して佐千原家に突然現れたほたるも、嫌な顔一つせずに受け入れてくれた。

 仕事で忙しい紫野に代わり、勉強を見てくれたりもする。しかし動物学以外は特に優秀な訳ではないので、結果として二人して頭を悩ませることになってしまう。

 自ずと二人で過ごす時間が多くなり、ほたるの胸の真ん中に、甘酸っぱく歯痒い感情が生まれてしまったのは仕方のないことだった。

 かっこよくて優しい梓は、九割が女子の専門学校に通っている。

 ほたるとしては気が気じゃない。それでも平日の夜はほたるといてくれ、休日は店の手伝いをしているので女性の影はなかったのだけれど……。


「梓もしかして、ああいう控えめで綺麗なお姉さんが……好きなの?」


 すると梓が珍しく焦った様子でドアの方を窺ってから、ソファに倒れて安堵の息をついた。


「兄貴に聞かれてたら、明日から夕飯にドッグフード食べさせられるところだった……」


 意味が掴めず首を傾げると、梓が怪訝そうに問いかけてきた。


「お前、兄貴見ててわからなかった?」


「え?何を?」


「……わからないならいい。どうせすぐに気づくから」


「えー……気になる」


 ほたるは拗ねてみたけれど、梓は口を割ろうとはしなかった。

 わたあめをけしかけてもふもふ攻撃を仕掛けたが、ただただ梓を喜ばせるだけに終わった。


「気になるー……。ねぇ、撫子」


 撫子は達観した顔をしているので、梓が言わないことを知っているのかもしれない。

 梓はわたあめとの戯れをやめ、時計を一瞥してからほたるへと言った。


「そろそろ風呂の支度しないと」


 ほたるも時計を確認した。

 しゃべっていたせいか、いつもよりも大分遅くなってしまっている。


「うん。……ところで、お風呂はいつ直るの?」


「今月中には直すって言ってた。面倒?」


「ううん。意外と楽しい」


 銭湯へは三人で行くこともあれば、どちらか片方の時もある。

 ほたる一人のことは、絶対にない。

 紫野も梓も過保護なので、歩いて五分のところでも必ずついてくる。

 くすぐったいが、大事にしてもらえているようで嬉しくもある。

 準備を終えてから、ほたるは重要なことに気がついた。


「あれ?結局梓は、あのお姉さんが好きなのか答えてないよね?」


 わたあめがきょとんとしてほたるを見上げている。


「うーん。わたあめくん。君の意見を聞こうではないか」


 腕を組んで問うも、わたあめはこてんと倒れてお腹を見せると、撫でて遊んでとしっぽを振る。


「聞く相手を間違えたかなぁ……」


 お腹をわしゃわしゃしていると、梓が部屋まで呼びに来た。


「遊んでないで。行くよ」


「待って。――――わたあめ、また後でね」


「くぅん……」


 玄関までついてきたわたあめを、撫子がだめだよと諭してリビングまで連れていった。

 ほたるは靴を履きながら、梓にもう一回さっきのことを尋ねてみた。


「梓が好きだから、家に招いたんじゃないの?」


「ほたる、しつこい」


「だって……」


 しゅんとすると、梓が仕方ないというように振り返り、逆に質問してきた。


「兄貴が何で素人のバイトなんて入れたと思う?」


「梓がお姉さんをお兄さんに託したから?」


「俺は家に送ってくだけだと思ってた。まさか、うちの店にまで入れるなんて想像もしてない。半年後に俺が入るのに、今その必要があるか?」


「そう言われてみれば……そうかも。じゃあ、何で……?」


「兄貴の性格知ってるだろ。どうでもいい人間を傍に置くと思うか?」


 ほたるはしばし思案した。

 紫野は人当たりがよく見た目がいいせいで、女性関係のトラブルが多い。

 ほたるがこの家に来てから、紫野が自ら彼女と紹介してくれた人は一人もいなかったけれど、自称彼女という人たちには何人か会った。

 皆、割りと似たようなタイプだった。

 美人で気が強くて行動的。自分に自信があって、独占欲が強い。

 紫野の外見は柔和で穏やかなので、押しが弱そうに見えるのだろう。

 ダークサイドを知るほたるとしては、「知らないって恐ろしいよなぁ」という感想に尽きる。

 兄の好みはおそらく真逆。

 控えめで三歩後ろを歩くような可愛い女性。

 しかもそれを大事に大事に守って守って、部屋の隅っこまで追い込んで、逃げ道の一切をなくさせたところで、にっこりしながらぱくんと食べる、計算高い狼のような性格だ。――――ということは……?


「つまり、しれっとした囲い込みの第一歩……?」


 口にした瞬間、玄関が空いて夜風とともに紫野が入ってきた。

 夕食前までの黒さは緩和されているけれど――――。


「雛ちゃん一人暮らしだから、見つけたらまた夕食に誘ってあげてね。本当のお姉さんだと思って接していいから」


 これが親切なのか、それとも裏があってのことなのか分かりづらい。

 梓は我関せずでだんまりだ。

 ほたるとしては美味しいご飯は大歓迎なので、「うん」と頷いておくことにした。



初めは梓くんとほたるちゃんの話を書くつもりでした。なのに、いつの間にか紫野さんと雛菊の話に……。

未練がましく、ちょいちょい二人の閑話を挟もうかと思ってます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ