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閑話。


「……ねぇ、梓。お兄さん、何かあったの?」


 ほたるは、リビングのソファで寝そべって雑誌を捲り寛ぐ梓の傍に腰を下ろして尋ねた。

 夕食がやたら薄味だったので、感情がぶれているんだろうなぁとは思っていた。いつもなら食後は兄妹団欒の時間を率先して取るのに、今日は静かにどこかへと消えていった。


「……聞きたいか?」


「やっぱり何か知ってるんだ?」


 夕食の時、「今日はお姉さんいないの?」と聞こうとして、テーブルの下で梓に足を蹴られた。

 むっとしたけれど、その目が何も聞くなと言っていたので、ほたるは察してすぐに口をつぐんだ。


「たぶんだけど、……兄貴がキスを迫って、思いっきり拒絶された」


 ほたるはぽかんとしてから、頬を赤らめた。


「お兄さん……、何でそんな、早まっちゃったの?」


「そこは知らない」


「気持ちが伝わってないのに、そんなことをするから……」


「な?まさかあの兄貴がふられて、あんなに悲壮な顔をする日が来るとは思わなかった」


「えー……。じゃあ、結婚はなし?せっかく結婚式用の可愛いドレスを見つけたのに」


「兄貴はしつこいから、諦めることはないと思うけど?」


「それもそっかぁ……。お兄さんはしつこくてねちねちしてるって、楠先生とちなさんがよく言ってるもんね」


 伏せをする撫子の背にから、ひょこんっと頭を出したわたあめに目を細めながら、梓が言った。


「兄貴が翻弄されてるのは面白いけど、夕飯問題はしばらく続くだろうな……」


「えー……。別にカップラーメンとかでもいいのに」


「同感」


「何か理由をつけてお姉さんを誘おうかな?美味しいご飯と嬉しそうなお兄さんの、一挙両得だもん」


 明日からは自分が雛菊を捕らえようと、ほたるは決意した。

 死活問題なので、四の五の言ってはいられない。


「気まずい空気を一人で盛り上げることになると思うけど」


「う、確かに……。何か話題を考えておかないとだめかー……」


 学校の話をしても盛り上がりに欠けるし、梓との放課後デート(たぶん)は、ほたるとしては胸に秘めておきたい。

 人混みではぐれかけてから、ずっと繋がれていた手は、今もまだ熱を持っている気がする。

 にまにましながら手をにぎにぎしていると、梓が怪訝そうに首を傾げた。


「手、どうかした?」


「え!?な、何でもないよ!」


 さっと背中に隠しかけたが、素早く捕まえられてしまった。


「痛いのか?」


「違う違う!梓と手を繋いで歩いたなぁって思ってただけで!」


 梓は瞠目して、ぱっと手を離すと、ソファにぱたりと突っ伏した。


「……そういうの、なし」


 ――――がーん。


 頭で切ない鐘の音が鳴り響いた。

 妹としてしか見られていないとわかっていても、悲し過ぎる。


「わたあめー……」


 ほたるは撫子ごとわたあめを抱き締めた。

 兄もきっと、こんな気持ちなのだろう。

 へこんでいると、梓がクッションでくぐもった呟きをもらした。


「高校出るまでは……無理」


「えっ!」


 それは裏を返せば、高校を卒業したらいいということではないか。

 そう期待していいのだろうか。

 梓はもう何も言う気はないとばかりに、今度は背凭れ側へと身体を向けてしまい、ほたるは一人悶々としているところへ、ふらりと紫野が現れた。

 ぱっと見は普段とさほど変わらないようだけれど、目線だけは斜め下だ。


「……撫子」


 その囁きを聞いた妻役の撫子は、すかさず兄の慰めにかかった。梓と反対側に腰を下ろした兄の足元で寝そべる。


「……」

「……」

「……」


(うわぁ……気まずい)


 ほたるは積んであった雑誌から、一冊適当に引き抜いて開いた。


 瞬間、リビングの空気がピシッと凍りついた。


 ローテーブルに広がったのは、ウェディングドレスの特集ページ。

 いつもは動物雑誌ばかりだったので、油断して表紙を見なかったのが災いした。

 まさか結婚情報誌が混ざっているなんて思わないじゃないか。

 梓が顔を引き攣らせて紫野へと視線を向け、その紫野はじっとウェディングドレスを見据えている。


「え……と、わ、わたあめみたいなドレス、だなぁ……」


 紫野は目を逸らすことなく淡々と呟いた。


「……似合うだろうね」


 誰に、とは言わなくてもわかったので、「う、うん」と同意しておいた。

 それに実際、似合いそうだった。

 しかし世間一般では見目が優れている兄なのに、なぜ自分で買った結婚情報誌を睨みつけているのだろうか。

 いや、世間一般からした、「たまに見せる鋭い眼差しも素敵ぃ〜」とか言われそうだけれど。

 とりあえずパタンと閉じるも、表紙にも幸せそうに笑うウェディングドレスのモデルさんがいて、気まずさが加速した。

 どうでもいいけれど、付録はどこにいったのか。

 謎は深まるばかりだ。


(ねぇ、わたあめくん。……あ、寝てる)


「……兄貴、そんな雑誌を買う前に、告白なりプロポーズなりしたら?」


「したら受け入れてくれると思う?」


「……」


 梓が目を逸らして、狸寝入りした。

 傷心したのか、見事な作り笑いを張りつけた紫野は、撫子を引き連れ、静かにリビングを後にするのをほたるは黙って見送った。



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