閑話。
「お兄さんって、本気なんだよね?」
紫野が雛菊を内心嬉々として送って行った直後、ほたるは梓へと声をかけた。
わたあめと撫子に挟まれて至福そうな梓は、どこかげんなりとして言った。
「まさかあそこまでだとは思ってなかった」
「結局犬のことではなかったんだよね?あんなに露骨なのに、全然伝わってなかったよ?やっぱり展開が早すぎるせいかなぁ……」
「それもあるけど、あの人が鈍感過ぎることも要因ではあると思う」
「あれって鈍感なの?ただお兄さんのことが眼中にないだけじゃなくて?」
「……兄貴壊れるから、それは言うなよ」
梓に釘を刺されるまでもなく、紫野に言うつもりなどなかったほたるはもう次の思考に移り、うぅむと唸る。
「どうした?」
「お兄さん、またお客さんに迫られてるみたいでしょう?問題が起きそうだなぁと思って」
「それは……確かに。さっきも告白されてやんわりと断ってたけど、たぶん……いや、全然、通じてなかった」
ほたるは梓からわたあめを返してもらい、抱っこしてソファに深くかけた。
「そういうことがあるから、急いでるのかな?」
「普通に結婚したいだけじゃないか?兄貴もいい年だし」
「じゃあはっきりと言えばいいのに」
「…………言っても、伝わるかどうか」
「それは悲しいね……」
二人はお似合いなのに、とほたるは思う。
他の自称彼女たちと比べるまでもない。
彼女たちは、ほたるや梓のご機嫌までも取ろうとしてきたけれど、後々厄介払いしようとしている魂胆が見え見えだった。
紫野が二人を追い出すはずがないのに。弟と妹と撫子を、溺愛しているあの兄が。
わたあめに関しては、飼い主を間違えてしまわないように、ほたるをたてて一歩引いていてくれている。
それでもかなり、可愛がってはいるけれども。
「それにしても、お兄さんが結婚かぁ……。実感涌かないね」
「どうせまだ先のことだろ」
「お兄さんが結婚したら、やっぱり新婚生活はここで送るよね?ちょっと気まずくなったりしないかな?」
場所をわきまえない人ではない。それでも、新婚というだけで甘々な空気にあてられそうだった。
そんな二人を見ていたらドキドキする反面、邪魔したら悪いと気が引けてしまいそうだ。
「だったら……一緒にどこか、部屋借りて住む?」
梓が撫子の頭を顎を乗せて見つめてきた。
かぁぁっと頭に血が上る。
「えっ、そっ、それは……、同せ――」
「でも、兄貴が許さないか……。お金も、もったいないし」
あっさり意見を翻されて、ほたるはかくんっと首を折った。
しかもよく考えたら、すでに一緒に暮らしていた。
いや、でもそれとこれとは違う訳で……、と、ほたるはわたあめ相手に、頭の中でよくわからない弁解をする。
「じゃあたまに、兄貴たちが二人きりになれるように外出するのがいいか」
「お出掛け賛成!」
梓とデートができるチャンスだ。
わたあめの片手を挙げさせて可愛いポーズを作り、梓を籠絡した。
「わたあめ、反則的に可愛い……」
「わたあめはショッピングに行きたいであります!」
「行きたいのはほたるだろ」
わたあめは遊ばれるのが嫌だったのか、撫子の背中に逃げてしまった。
「買い物なら別に、いつでも行けばいいのに。門限さえ守れば兄貴に叱られることもないだろ」
梓と行きたいのに、伝わっていない。
「学校帰りに遊ぶような友達は、あんまり……」
転校生だったほたるは、クラスメイトとも仲良く話せても、放課後遊ぶような親しい友人はいなかった。
口ごもるを見兼ねたのか、梓は言った。
「今度時間があったら付き合うから。たた、一人で街には出るなよ」
「うん!ついでに梓の学校まで、行ってみたい」
「夕方行っても別に面白いことないけど?」
言われてみればその通りでも、梓の通う学校を見てみたかっただけで、トリミングされる犬を見たいなら自宅で間に合っている。
それに梓が学校から出てくるのを、外で待っていたくもある。
梓の周りにいるだろう女の子たちを、チェックしないと。
梓を好きそうな人がいたらどうしよう。
「……やっぱり学校はだめ。シスコンだロリコンだ言われるのが目に見えてる」
「そんな……二歳しか違わないのに。それにお兄さんの妹だけど、梓の妹ではないよ」
ほたるは紫野と母親が同じの異父兄妹。梓は紫野と父親が同じ異母兄弟だった。
紫野が生まれてすぐ離婚した両親が、それぞれ再婚した先で産まれたのがほたると梓だった。
二人とも、紫野とは血の繋がる確かな兄弟だが、二人は赤の他人にあたる。
だからこそ、ほたるは気持ちを隠してこそいるけども、捨てようとはしない。
「……妹だ」
梓はいつもそう言う。
妹と思ってくれていることは嬉しい。
今はそれで満足だ。
だけど、いつか違った見方をしてくれる日を、待っている。
「ただいま」
紫野がどこかほの暗い微笑みを浮かべて帰宅した。
ほたると梓はお互いに訊けと目配せで押しつけ合った。
しかし目力で梓に叶うはずなく、ほたるはおずおずと兄へと尋ねた。
「お、お兄さん……何か、あったの?」
「ううん。……厄介な敵がいるけれど、問題ないよ」
ふふっ、とダークサイドに落ちかけた笑みをこぼす紫野へと、ほたると梓は黙って妻役の撫子の背をそっと押した。




