三話 あやふや
「それにしてもさ、よくこの方向が東って分かったね」
滝つぼから少し歩いた所で、ティノンがクロイに声をかける。
といっても、ティノンはだいたい予想はついていた。ただ、それを意図してやったのかどうかの確認のためである。
「簡単だ。影を見ただけだ」
太陽というのは朝に東側からのぼり、時間が進むにつれて西側へおりていく。それによって影の位置も変化するわけで、今の時間帯は昼を過ぎたあたり。太陽は西よりの位置にある。
西側から光を差せば必然的に影は東側に伸びていくものだ。
つまりは、クロイは自身を一本の棒に見たてて影が伸びている方向を確認したのだ。
「といっても、お前も分かってたんだろ?」
「まぁね。にしても、キミって不思議だね。」
「ん?何がだ?」
「だってさ、その知識ってそこまで知られてないんだよ?」
そもそも、そのような知識は知らなかったとしても日常生活に害をなすほどのことはない。
大雑把にいってしまえば、朝になれば太陽がのぼり、夜になれば太陽は沈んでいく。このことさえ分かっていればそれだけで十分だ。
しかも、この世界では本は貴重なものである。
そうやすやすと買える値段のものでもないため、持っているのは貴族などの地位の高い者達くらいである。
「だから、記憶をなくす前はどこかの貴族の息子かなって思ったんだけど、キミは歩き方からして貴族っぽくない」
「歩き方?」
「うん。こういう森の中の地面って人間の手が加えられてないからさ、歪だったり、木の根が地面から盛り上がってたりして、歩きやすいとはいい難いでしょ?それなのにキミの歩き方はこういう道に慣れたような感じだし、身体を鍛えている人の歩き方でもある」
貴族のような高い地位を持っているものがしょっちゅうこのような道を通るなど考えられないし、身体を鍛えているものはいないとまではいかないが、かなり少ないであろう。
それらのことからして、クロイが記憶を無くす前の存在があやふやなのだ。
「俺にはよくわからんな。比較できるものが無い」
「まぁ、記憶が無いんじゃね」
そんな会話をしていると、突然近くの茂みがガサガサと音を立てはじめた。
クロイとティノンは音のした茂みの方に目をやると……
「グギャギャギャギャ!」
鉄が擦れるような耳障りな鳴き声とともに茂みから現れたのは、黄緑色の肌にふてぶてしいといってもいい歪な顔、背丈が小さく小太りな体型、ボロボロで泥まみれな布を申し訳ない程度に身にまとった……
「うえぇ、ゴブリン……。しかも三匹……」
ティノンは明らかに怪訝した声でそのモンスター達の名前を漏らした。