プロローグ
南アメリカ大陸に広がる世界最大面積を誇る熱帯雨林、アマゾン熱帯雨林。通称アマゾン。
こんな場所にあるものといえば壮大に広がる大自然と、世界最大の河川であるアマゾン川くらいはあがるだろうが、実は極少数人しか知らない施設が存在する。
その施設は一般的に公開、それどころか誰にも知られていいようなものではない。そのため、とある洞窟からしか出入り出来ない地下に存在していた。
暗殺者精鋭部隊育成機関第二支部。通称A-2と呼ばれるこの施設は、簡単に言ってしまえば世界各国に敵対する者達が集い作られた。
なぜ、第二支部であるのかといえば理由は明白。ほかの国にもここと同じような施設が存在している……いや、正確には存在したといったほうがいいだろう。
他の支部は既に潰されてしまい、今ではここだけとなってしまったのだ。
ところで、ここがどういう施設か知りたくはないだろうか?
この施設を作ったのは世界各国に敵対する者達が作り出した。しかし、育成機関というのであれば育成される者がいるはずであろう。
なら、その育成される者は?
答えは犯罪者であれば明白、常識人であれば逝かれているとしか思えない所業、各国から誘拐した幼い子供たちであった。
子供の成長力とは凄まじいものだ。教えた物事を乾いたスポンジが水を吸収するが如く覚え、すぐに身に付けてしまうのだ。
その特性を利用し、質の良い一流の暗殺者に育てようという算段である。
この施設が作られたのは今から丁度十年前のことだ。当時は二千人ほどいた子供達は厳し過ぎる訓練や過度な体罰、衛生環境の悪い就寝部屋、それらによって溜まるストレスなど、数えはじめればきりがない理由によって病死や衰弱死などで命を落とした者が半数を占めていたが、訓練中の実戦を想定した強制的な殺し合いなどにもより、複数の命が無惨に散らされていき、現在では三十二人に……いや、現在進行形でその数を減らしていた。
それは施設内にあるコロシアムのような広さをもった空間、三十二人は一対一の殺し合いをやられていた。
卒業試験と名付けられたそれは、勝った方……いや、正確には相手を殺すことができた方が暗殺部隊、ウルフの一員となる。
暗殺部隊ウルフ。各国と敵対する者達の中から精鋭中の精鋭が集められた部隊だ。
みな、この部隊に入りたくて殺し合っているのではない。生きたいがために殺し合いをしているのだ。
この施設に拉致られてから十年間、散々苦しい想いをし、仲間の死も多く見てきた。それでもなお、この者達は生に縋ろうと必死なのだ。まだ心が折れていない。それだけでもこの者達の心の強さがうかがえるであろう。
一人、また一人と決着がつきはじめていき、最後に一組だけが未だに決着がついていなかった。
一方が頭の後ろで黒髪を一括りにした少女。もう一方が金髪に紫色の瞳を持った青年。
互いに使っている武器は投げナイフ。
少女の投げたナイフが銀の斜線を描き、青年へと正確に放たれる。しかし、青年はそれを紙一重のところで避け、避けた反動によってこちらもナイフを投擲。
少女もそれに対抗しようと紙一重とはいかなかったがギリギリで少年の投げたナイフを躱してナイフを投げようと……
「うっ……!」
突然の激痛に身体のバランスを崩して倒れてしまう少女。痛みの原因は右脚に刺さったナイフであった。さっきまではなかったはずなのに一体なぜ……
「惜しかっね、0956」
ニヤニヤとまるで人を嘲笑っているかの表情を貼り付けた青年が少女の方へと歩んでいく。
「……1823……」
少女の声に含まれていたのはしてやられたことへの悔しさではなく、屈辱であった。決して少女のほうが上ではなかった。圧倒的に青年のほうが強く、勝とうと思えばいつでも勝てたはずだ。なのに、青年はそれをしなかった。
青年は遊んでいたのだ。いたぶっていたのだ。
人を嘲笑うことに価値観を見出す男。それが目の前にいる青年なのだ。
そもそも、青年の得意とする武器は拳銃であった。しかし、それを使わず敢えて少女と同じ武器を使っ・いたのだ。
普段使わない武器を使い、しかも手を抜いている。そんな相手に負けることに腹が立たないわけがない。
「いやー、本当に惜しかったよ。危うく殺されちゃうとこだったよ」
「……黙りなさい!」
どの口がものをいうのか。明らかに最初から最後まで少女の劣勢であったし、口調からして煽り目的なのが丸わかりである。青年のことだから敢えてそういうふうに言っているのだろう。
「いやー、残念だよ。君を殺さないといけないなんて。出来ることなら一回は使ってみたかったよ」
「な、なにをいって……」
「あ、君さえ良ければ今ここで処女を僕にくれない?」
「ふざけないで!」
やっと意味がわかった少女は顔を真っ赤にして青年へと怒鳴りつける。しかし、青年はヘラヘラした笑いを止めもしない。むしろより増すばかりである。
「そう。ならお別れだね。バイバイ、0956。いや、菜々」
「勝手に人の名前を呼ばないで!」
「……それが最後の言葉だね」
そう言い終わると、青年はヘラヘラした笑みをやめた。そして、大きく振り上げたナイフを少女の心臓に向かって振りかぶる。
周りで見ていた者達はこの結果が想定出来ていた。なぜなら、さっきまで生きていた者達も含めた三十二人のうち、少女が八番目の実力を持っていたのに対し、青年は二番目の実力を持っていたからだ。
しかし、一人だけそうは思っていなかった者がいた。いや、そう信じていた者がいたのだ。
しかし、その者の願いは叶うことはなかった。
その者は歯を食いしばった。約束したのだ。最後まで信じると。絶対に菜々が勝つと。例え現実を覆すことが不可能であったとしても、微かな希望を信じるしかなかった。しかし……
「ごめんね……兄さん……」
奈々が小さくそう呟いた。その声は一番近くにいた青年にも聞こえなかった。ほかのみんなだってそうだ。しかし、その者の耳にははっきりと届いていた。
その瞬間、その者の約束が外れた。
少女は目をつぶった。現実から、死から目を逸らすために。しかし、そんなことは不可能だろうともわかっていた。きっと次に届くのはナイフが自身の肉を突き刺す音であろう。今まで他人に響かせていた音が、今度は自分が奏でるのであろう。
……そう思っていた。
「がぁぁぁぁぁああああ!」
「……え?」
突然響いた不協和音。何事かと目を開いて確かめるとそこには……
「に、兄さん!」
腕を抑えて倒れ込んだ青年の近くに立っていたのは菜々の兄であった。兄の表情は無表情であったが、物凄い殺意が周囲にばらまかれていた。それが兄の本当にキレた時であると瞬時に理解できた、
自分を助けてくれるために兄が動いてくれた。当然嬉しくはあったが、それ以上にこの状況が最悪であると理解でいていたため、菜々の顔がだんだん青くなっていく。
そんな菜々のことに気付かず、兄は青年へと馬乗りになり、何度も何度も力いっぱい殴った。
それを見て周りのみなは驚愕の表情を浮かべていた。もちろん、青年を殴ったことにもそうだが、それ以上にその兄の行動にだ。
いつもであるならば確実に相手を仕留めれるように的確に急所を狙っていくはずなのだが、あんな野生児のようなただ力任せに殴るなど、今までのことから考えらなかったのだ。
「なにをしている0955!」
そう怒鳴り声を上げたのはこの試験の監視を務めている屈強な男であり、他にも二人ほど監視を務めている男達がいる。
「ぐっ……!」
兄は一人の屈強な男に殴られ地を滑り、そこに二人の男達が兄を押さえつける。
まずいまずいまずい!そう感じはするも菜々は未だに脚にナイフが刺さっているために立ち上がることが出来ない。
兄を殴った男が兄の頭を踏みつけ、颯爽と言い放つ。
「……0955。貴様には期待してたのだがな。本当に残念だ」
そう言い終わると、ホルスターから拳銃を取り出し、額に銃口を当てる。
「!ま、待って!兄さんを殺さ……」
パンッ!
……
無慈悲にも、菜々の言葉が最後まで紡がれることはなかった。
兄の額にはくっきりと銃弾が撃ち抜いた穴が形成されており、誰の目からももう助からないことは明らかであった。
「い、いやぁぁぁぁぁああああ!」
(……ちくしょう)
こんなはずじゃなかった。出来ることなら菜々と一緒に生きたかった。しかし、今しがた俺は拳銃で額を撃ち抜かれた。まだ若干意識があるのはただの維持だ。
もっとああすれば良かったんじゃないか?もっとこうしていれば良かったんじゃないか?そんな思考が巡るなかでやはり最後にたどり着くのはあの日。
俺と菜々の地獄が始まった日。
なんど今まで悔やんだか。なぜ自分たちなんだ。なぜあんなことをする。何度も何度もそう思った。しかし、それ以上に思ったことそれは……
なぜ疑わなかった。
いくらなんでもあんなのおかしいに決まっている。明らかに怪しかったではないか。それなのに俺は信じた。以前あったことで何も信じないと決めたはずなのに……
知らなかったじゃ済まされない。知っていればいくらでも対処できた。
……いや、これは今だからこそ言えることか……。
あんなガキだった時なら何も出来なかっただろうしな……
だんだんと意識が遠のいていく。視界はだんだんと色をなくし、黒く染まっていきやがて……、白い輝きが意識を埋め尽くした。
この日、この時間をもって、この場にいる者達はこの世界からいなくなった。