エピローグ
――新学期、四月。
二年に進級した智哉は、新しい教室の席に着き、窓からの景色をぼおっと眺めていた。七分咲きの桜が、我が世の春を全身で表現している。
智哉の席は窓際の後ろから二番目の席だ。
「よう秀才、また同じクラスだな」
教室に入ってきた俊之が、つかつかと智哉の席に来て、当然のように声を掛ける。
「俊之、今年も宜しく」
「お、今日はやけに殊勝じゃんか。またかって言わないのかよ」
俊之はニヤニヤしながら、椅子を引いて智哉の後ろの席に座る。
「いや、縁は大事だと思ってさ」
「ほほう。やっと俺の偉大さに気づいたか」
「……一生気づくことはないと思う」
「なにぃ。俺とお前の腐れ縁をなめんな。いつか気づかせてやるよ」
「じゃあ、百億年後くらいに気づくことにするよ」
「結局、一生気づかねぇって事じゃん」
そういって二人は顔を見合わせて笑う。
「智哉。そう謂やあ神楽耶ちゃんとはどうなった? アメリカに居んだろ」
「うん、そう聞いてるけど」
神楽耶は自分の世界に還ったあの日の翌日に、家の都合でアメリカに転校したことになっていた。
「おいおい、随分他人行儀な言い草じゃんか。彼氏らしくないぜ」
「彼氏……だったのかな」
「なんだぁ、振られたのかよ。やっぱいつも一緒にいないと駄目なんかな」
俊之は頭の後ろに手を組んで、体を後ろに反らした。俊之の腿が机の裏に当たってコツンと音を立てた。
「そうかもね。でもまたいつか逢えるよ」
智哉はそう言って、右隣の空いた席を見ながら、目を細める。
――あれから、もう五ヶ月経った。
――こっちは平穏な日々が続いている。
――裕也兄さんは、どう教授に報告すりゃいいんだと頭を抱えて、年明けにシカゴに戻った。
――僕はあれからも合気道を続けている。師匠はあと一息で黒帯だといってくれた。
――背も少し伸びた。
――やりたいことはまだ見つかっていないけど、前よりは落ち着いていられる。
――宙の王は僕に一人じゃないと教えてくれた。
――神楽耶は今頃どうしているだろうか。
――ミローナやエトリンも……
「みんな、席につけ」
持ち上がりで二年の担任となった渡部が教室に入ってきた。
「今日は、転校生を紹介する。入りなさい」
渡部が転校生を呼ぶと、一人の長身の少女が入ってきた。
教室が騒めいた。
腰まである長い黒髪に、透き通った肌。長い手足に抜群のスタイル。桜色のフレームの眼鏡と、奥に輝く深いブルーの瞳。
少女は、教室全体を視界に納めるかのように背筋を伸ばして教壇の脇に立った。
「立花神楽耶です。またお世話になります」
両手を前に揃え、完璧な角度でお辞儀をする。
「知っている者もいると思うが、一年の冬まで、この学校にいた立花だ。親御さんの都合でアメリカに行っていたが、本人の希望で日本に戻ってくることになった。仲良くしてやってくれ」
渡部はそういって、神楽耶を空いた席に座るように促した。智哉の隣の席だ。
神楽耶は智哉に近づくと、軽く会釈して席につく。
智哉の背中をツンツンと突っつく指がある。振り向くと俊之が親指を立ててニヤリとしていた。
◇◇◇
――放課後。
智哉と神楽耶は体育館脇の駐輪場に居た。
光の速さで再結成された『かぐや姫親衛隊』と男子生徒共が、遠くの物陰に隠れて様子を伺っている。
智哉は神楽耶から、あの後の事を簡単に聞かせて貰った。
次元調整機構は帝国によって解体・再構成され、新しい所長の下「次元観測機構」として活動を始めたこと。「次元観測機構」には宙の王がアドバイザーとして迎えられ、部分的にではあるが『島の記憶』も協力していること。
そして、『六角転送基』は、宙の王が智哉の過去世の記憶から持ち帰った情報を元に改良され、安全なジャンプが可能になったと神楽耶は告げた。
神楽耶は、ミローナと共に、クーマによって次元断層に送り込まれた魂の救出活動を行っていたが、ようやく目処がついたのだと言った。
何故、こちらの世界に来たのかと智哉が問う前に神楽耶が口を開いた。
「宙の王が行ってきなさいって」
智哉は彼女の前に向き直った。同じ目線から神楽耶を見つめる。
神楽耶は両手を目元にやって、智哉から貰った眼鏡を外した。
化粧をしていない神楽耶の右目の下の傷は、跡形もなく消えていた。
智哉は光に地球を十五周程旅させてから、そっと言った。
「御帰り……」
「……ただいま」
春の陽射しに照らされた神楽耶の笑顔は震えるほど眩しかった。
智哉は空を見上げた。
澄み渡った青空を雲がゆっくりと流れていく。
爽やかな風が智哉の頬を撫でる。
どんなに離れていても、
どんなに時が経っても、
きっと逢える、
いつかどこかの宙で――
(了)
本話で完結です。
ひと月半に渡って、お読み下さいまして誠にありがとうございました。
日比野庵拝




