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死闘

 ――午後五時〇七分。榧洞の山肌を朱に照らした夕日が地平の彼方に沈んだ。薄暮が薄明へとシフトチェンジする。


 智哉と神楽耶を追って、クーマが選鉱場に姿を現した。その姿は白銀の輝きを帯びていた。


 選鉱場はひっそりとしていて、人の気配を感じさせない。だがクーマは智哉と神楽耶が選鉱場に入っていくのを見ていた。クーマは拳銃を片手にゆっくりと選鉱場に足を踏み入れる。砕けた廃材がクーマの爪先に弾かれて跳んだ。


 輪の中に4つの穴が空いた巨大な滑車が壁の片側に立ち並ぶ。もう片方の壁には鉄板が立て掛けられ並べられていた。クーマは滑車の隙間に智哉と神楽耶が隠れていないか慎重に確認しながら進む。


「なるほど、『かくれんぼ』をしようというわけですか。ふん。面白い」


 クーマは拳銃を前方の抜け落ちた天井に向け、一発放った。


 適当な射撃だったが、銃弾は砕けた天井の縁に当たった。跳弾が火花とともにキンキンと甲高い音を立てる。後に続いて脆くなっていた骨組みの何本かが折れ、ガラガラと崩れ落ちた。


 骨組みが床に激突する直前、人影がさっと動いた。落下に巻き込まれないように逃げたのだろう。クーマの歪んだ口元は更に醜く歪んだ。


「そこか」


 人影を狙ってもう一発放つ。銃弾は滑車を支える台座を掠め火花を散らした。これだけ障害物があるとそう簡単には当たらない。クーマは小さく舌打ちをした。


 ――バチン!


 金属を断ち切る音と共に、突然、滑車がない側の壁に立てかけられていた鉄板が倒れた。鉄板は加速をつけてクーマの頭上を襲った。


 しかし、クーマは微動だにしなかった。鉄板に押し潰されたかにみえたクーマは、鉄板をすり抜けた。次元転送だ。鉄板による圧殺も通じない。クレストⅢの次元転送は体のどこかの「部分」ではなく全身に効力を及ぼしていた。


 クーマは先程まで鉄板が立て掛けられていた壁を見上げた。三階相当の高さに設けられた空中通路から、智哉がひきつった顔を覗かせていた。


「ふん。君が司令塔か。では、君から先に片づけるとしよう」


 クーマは嘲りの眼差しを投げかけると、空中通路への階段を登り始めた。木製の階段はギシギシと音を立てるが、クーマの体重を支えた。辺りは大分暗くなっていたが、まだなんとかライトがなくとも見える範囲だ。


 クーマはゆっくりとした足取りで、空中通路を渡り、智哉に近づく。


 智哉はどこから拾ってきたのか、マジックペンで『闘争』と書かれた古びた白いヘルメットを被り、薄い鉄板と廃材、そしてパイプ椅子で即席のバリケードを通路に作っていた。細い鉄棒を両手に持って構える。


クーマは嘲るように鼻で笑った。


「ほう、そんなちゃちなバリケードで防ごうというわけですか。一発や二発の銃弾を防いだところで、私が傍に寄ってバリケードを壊したら、一体どうする積もりなのかね」


 クーマは右手の銃を智哉に向けたまま、左手の拳を握って左に振り、バリケードを壊すかのような動作をしてみせた。クーマの体は白銀に光ったままだ。


 クーマの言葉に智哉は焦ったように後ろをちらとみた。重い鉄製の扉が少し開いている。


「成程。即席のバリケードは時間稼ぎで、本命は扉の向こうに逃げようというわけですか」


 クーマは納得したような表情を見せた。


「ふん。一生懸命考えたのだろうが、所詮は猿知恵。劣等種の限界だ」

「君が逃げ込むより先に、私が扉の前にテレポートしてしまえば終わりなのだよ。さらばだ。少年」


 クーマの姿が消える。智哉が振り返ると、扉の前でクーマの実体が像を結びつつあった。実体化が終わるや否や、クーマは容赦なく智哉を撃つだろう。万事窮す。ただし、そこが『通路』であったならば――。


「う、うわぁぁぁぁぁ――――ぁぁあ」


 クーマが降り立った通路が抜けた。いや元々なかった。扉の前の通路部分はとうに抜け落ちて最初から無かったのだ。智哉はそこに段ボールをかぶせて、通路があるかのように見せかけていたのだ。薄明で床が見えにくくなっていたことも幸いした。


 墜ちてゆくクーマに向かって智哉が叫ぶ。


「いくらテレポートできたからって、底があるとは限らないんだよ。おじさん!」


 ――グシャッ。


 鈍い音を立ててクーマは激しく地面に叩きつけられた。


 ――ぐうぅ。


 三階から落下したクーマは苦悶の表情を浮かべた。床の廃材や割れたガラスが足に刺さり、どくどくと血が流れている。手にしていた『クレストⅢ』も無くなっている。落下の途中に落としてしまったらしい。


 智哉はそれを狙っていた。


 クーマの躰が白銀に包まれていたとき、クーマの左手は固く握られていた。しかし、『クレストⅢ』を摘んで見せたときに彼の躰は光っていなかった。智哉は、『クレストⅢ』が手の平で握ることで起動する、と推測した。


 ――だったら、クーマが『クレストⅢ』を離すように仕向ければいい。


 人は予期せず穴に落ちると、無意識に何かにしがみ付こうとするものだ。クーマは握った『クレストⅢ』をきっと離す。智哉はそう踏んだ。


 智哉の読みどおり、クーマは落下するとき、通路の縁にしがみつこうと手を開いた。クーマはクレストを落としたのではなく、智哉に落とさせられたのだ。


 クーマは這いつくばったまま、起き上がることさえできない。クーマの血まみれになった躰が落下の衝撃の大きさを物語っていた。このダメージではしばらくはテレポートできないだろう。『クレストⅢ』が無ければ攻撃を無効化することも出来ない。クーマは飛びそうになる意識をかろうじて繋ぎ止めながら『クレストⅢ』を探した。


 ――あった。


 クーマから数メートル程離れたところに『クレストⅢ』は落ちていた。クーマは『クレストⅢ』に、にじり寄った。

 だが、そのクーマの目の前で、『クレストⅢ』を踏みつけるローファーがあった。クーマが見上げると、怒りに燃えたブルーの瞳の少女が立ちはだかっていた。


「フェリア!」

「もう御終いよ」

「この下郎がぁ。よくも俺様にぃ……」


 よろよろと起き上がったクーマは、神楽耶に掴みかかろうとする。神楽耶はひらりと躱して、右の拳を固く握りこんだ。


「さよなら」


 渾身の一撃が、クーマの腹を貫く。


 ――ぐぼっ。


 およそ人間が出せるとは思えない音が響き渡った。クーマは、まるでピッチングマシーンから放たれた硬球のように真っ直ぐに飛んで、工場の外壁にめり込んだ。ぱらぱらと外壁が崩れ小石大のコンクリが零れ落ちた。


 ――ぐぉぉぉっぉぉぉ。


 それでも、壁から抜け出そうとしたクーマだったが、やがてがくりとうなだれるとそれっきり動かなくなった。


 舞い上がった埃が、錆びた鉄の匂いをひとしきり運び出した後、静寂がゆっくりと辺りを包み込んだ。神楽耶はポケットから裕也から手渡された懐中電灯を取り出し、スイッチを入れる。昼が夜との境界にタッチしようとしていた。


 突然、背後でガラリと音がした。驚いて振り向いた神楽耶は直ぐに安堵の表情を浮かべた。


「終わったかい」


 足を少し引きずりながらやってきた裕也が、口の中の血だまりをぷっと吐き出してニヤリと笑った。その後ろにはミローナとエトリンが互いを支え合うようにして立っていた。


「今度こそ……たぶん」


 神楽耶が答える。しばらくして、クーマと死闘を繰り広げた智哉が、慎重に階段を下りてきた。


 智哉は壁にめりこんだクーマを見つけると、半透明になったその躰がさらさらと崩れるように虚空に消えていくのを指差した。


「あれは?」

「魂が肉体を維持できなくなったのよ」


 そう答える神楽耶の声に智哉はそっと呟いた。


「……結局、友達にはなれなかったな」

「なぁに?」

「いや。なんでもないよ……」


 不思議そうに小首を傾げた神楽耶に、その意味を悟った裕也が、智哉の肩に手を回していった。


「神楽耶君。こいつも少しは成長したろ?」


 神楽耶は、ふふっと笑ってから、人差し指を唇にあて、内緒話でもするかのように、智哉に顔を近づけてそっと言った。


「少しだけね」

 

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