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ゲート

 裕也が案内した部屋は普段は会議室として使っていた。十二畳程の部屋には大きな窓が二つあり、ブラインドで若干柔らかくされた外の光が室内に指し込んでいた。部屋の中央を取り囲むように、折り畳み式の長机がロの字型に並べられており、青い背もたれがついた折り畳み式ではないパイプ椅子が、長机一つにつき三脚あてがわれている。壁に面する側の長机にはプロジェクターが置かれ、壁の一角にはホワイトボードがあった。


「その辺に座って、ちょっと待っててくれ」


 裕也は扉を開けて部屋を出て行った。智哉と神楽耶はホワイトボードを左手にした奥の椅子に並んで座る。神楽耶がそっと訊ねる。


「ここは?」

「兄さんの職場。本当はシカゴ大に留学中なんだけど、研究の関係で此処に派遣されたんだって。詳しいことは分かんないけど」

「そう……」


 神楽耶は、両手を膝の上に揃えて背筋を延ばしている。その声色から心なしか緊張しているようにも見えた。


 やがて裕也が、ノートパソコンとポータブル型の計測器を持って戻ってきた。裕也は椅子に座らずにパソコンを起動すると、プロジェクターからのコネクタを繋ぐ。手をのばしてプロジェクターをオンにすると、プロジェクターはホワイトボードに裕也のパソコンのウィンドウズ起動画面と、遅れてパソコンの壁紙を映し出す。


 裕也は、その間に部屋の隅に設えたサーバに行って、紙コップに温かい緑茶を入れる。神楽耶も手伝って、都合三つの紙コップがテーブルに置かれた。裕也は、神楽耶にありがとう、と礼をいいながら席につくと早速切り出した。


「智哉、神楽耶君、時間がないから、前置きは無しだ。まずこれを見てくれ」


 プロジェクターは日本の中部地方から関東地方辺りの地図を投影した。裕也がマウスをクリックする。富山県と岐阜県の境目辺りに赤いドットが付いた。


「ここが今、俺達のいる神岡研究所だ」


 もう一度マウスをクリックすると、今度は横浜辺りに青点が一つ点いた。


「この青いのが、この間教えて貰った神楽耶君がこちらの世界に来たときに出現したポイントだ。ここから見て東南東の方角だな」


 裕也がパソコンのキーボードを弾く。地図上の赤点と青点が赤い直線で結ばれる。


「次に、こっちだ」


 裕也は別の画面に切り替えた。中心の丸点を囲んで、五重の同心円がある図形が現れる。智哉には、弓道で使う的のようにも見えた。同心円の中は、黒点が何個もあった。


「これは、UK……ここのウルトラカミオカンデで観測したニュートリノ振動の観測結果をプロットしたものだ」


 裕也はプロジェクターに備え付けのレーザーポインタで、同心円の最外周右端やや下にはみ出した黒点を指した。


「詳しい説明は省くが、宇宙からやってくるニュートリノの数と方向を示したものだと思ってくれていい。智哉、この黒点をみて何か気づかないか?」


 裕也が智哉に水を向ける。


「それだけ、外に飛び出ているね」


 同心円にプロットされた黒点の殆どは一番内側の円の中に収まっていた。裕也の示した黒点だけが一番外側の円のさらに外に刻印されていた。智哉の答えに裕也は満足気に頷く。


「そう。このチャートでは、外にいけばいくほど、観測されたニュートリノが多いことを示している。最外周の円は一番内側の円の百倍のオーダーだ。普段だと、一番内側の円を越える数のニュートリノを観測することさえ殆どない。つまり、ここの点は普段の百倍以上のニュートリノを観測した結果だ。明らかに異常値なんだ」


 裕也は紙コップに口をつけ、唇を湿らせてから続けた。


「この円はどの方角からニュートリノがやってきたか分かるようにしたものだ。中心の丸をこの観測所として、上は北、下は南になってる。だから、右下の点は、東南東の方角から大量のニュートリノがやって来たということだ」


 智哉は東南東の言葉を聞いて、あっと小さく声を上げた。


「気付いたか。智哉。そうなんだ」


 裕也は同心円に先ほどの日本地図を重ね合わせた。異常値を示した黒点は、地図上で横浜と神岡研究所を結んだ直線上にピタリと乗っていた。


「向こうの宇宙から、こちらの宇宙に誰かが転送されて来るときに、ニュートリノに異常値が出る。俺はそう仮説を立ててみた」


 裕也はそういって、また別のスライドを出した。画面の中央に太い横線と左端に太い縦線が引かれ、目盛が打たれている。何かのグラフだ。グラフの中にとても細長い正規曲線が、横線から上に伸びており、飛び飛びで五つ描かれていた。


「このグラフの横軸が日付、縦軸がニュートリノの数だ。ピークが五個あるが、これは異常値を観測したニュートリノだ。真上が東南東の方角にしているが、五つとも同じ方角からだ。厳密にいえば、それ以外にも、色んな方向から毎日一個や二個は観測されてるんだが、それは無視していい」


 裕也は左から二番目のピークをポインタする。


「ここの二番目のピークが出た日は、三月九日だ」


 裕也は神楽耶に顔を向ける。


「神楽耶君。君がこちらの世界に転送されてきた日は?」

「三月十日です」

「そう、ニュートリノのピークの一日後だ」


 裕也が首肯して説明を再開する。


「ピークが五つあるということは、神楽耶君以外にあと四回誰かがこちらの世界にやってきたと考えられる。最初が宙の王だとすると、後は順番に、神楽耶君、ミローナ、黒服……と解釈できないこともない。だが、神楽耶君以外にこちらに来た日が正確に分からない。だから今の議論には入れないでおく」


 裕也は一息いれて、智哉と神楽耶の様子を確認した。智哉も神楽耶も神妙な面持ちで裕也の説明に耳を傾けていた。


「そして昨日、また異常値が出た。六つ目のピークだ。だけどこれまでとは、ちょっと違ったんだ」


 裕也がパソコンのエンターキーを押す。グラフの右端に正規曲線が下向きに映し出されていた。


「同心円チャートは省くが、昨日の異常値は神楽耶君のときと正反対の西北西からのニュートリノだ。さっきの仮説からいくと、今度はウルトラカミオカンデから西北西のラインのどこかに、また誰かやってくることになる。しかし……」


 裕也はマウスの先端に掛けた指を少し折り曲げた。プロジェクターの画面に、細長い方の三角定規を縦に立てたような三角形が重ねられた。三角形はニュートリノを示す正規曲線の一番右以外の四つそれぞれに対して、僅かに右に置かれていた。


「これは、うちの重力波望遠鏡『かぐわ』の観測データだ。観測された重力波が強いほど、三角形が高くなると思ってくれ。見て分かるとおり、五つの重力波のピーク高さはどれも殆ど同じだ。ただ、ニュートリノのピークと、重力波のピークの位置はズレている」


 そういって、裕也は少し間を置いた。


「このズレの幅はどれも一日なんだ」


 神楽耶が画面を見つめていたブルーの瞳を裕也に向けた。


「重力波が出たということは、質量がある物体が運動したということだ。この場合は『出現した』といった方がいいかな。勿論、惑星の一個や二個程度の質量では、こんな重力波はでない。だから『かぐわ』のスタッフは、銀河の果ての超新星爆発か連星中性子合体かと思っていたそうだ。俺も最初はそうかと思っていた。だが、この間の智哉と神楽耶君の話を聞いて、もう一度見直してみたらこれだ。この重力波もさっきの仮説の一部だとしたら、重力波のピークは神楽耶君達、向こうの宇宙の住人がこちらの宇宙にきた時に発生したということになる」


 智哉と神楽耶が頷いた。


「そして、問題はこれだ」


 裕也がキーボードを再び叩くと、一番右端にある下向きの正規曲線の右側に直線が現れた。ほとんど垂直に近い角度で下向きに伸びている。


「これは昨日の重力波データだ。向きが反対なのは、重力波の干渉縞が逆に出ていたから便宜的にそうしてる。仮定ばかりで悪いが、もしも最初の重力波が神楽耶君の世界からの質量物体の出現だとしたら、こっちは逆に質量物体の『消失』だと考えられなくもない」

「兄さん、ということは」


 智哉が身を乗り出した。


「うん。神楽耶君が向こうの宇宙に帰るゲートが開く前兆かもしれない」


 裕也は遂に神楽耶が待ち望んでいた台詞を口にした。

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