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計画

 惑星ヴィーダ。我々の宇宙と対をなす異世界宇宙の惑星。


 この惑星を統べる帝国首都の一角に聳える建物。地上百階のその建物は、次元調整機構の本部だった。その最上階に執務室がある。


 五十人は楽に入れる広さがある執務室の高い天井には、照明器具らしきものが見あたらない。しかし、天井全体が照明装置になっているのだろうか、白く発光し、明るく部屋を照らしている。


 一番奥の壁には、壁の一方の端から反対側の端まで届きそうな、木製と思しき棚が何段も取り付けられている。そのうちのいくつかには、花が活けられた花瓶や、茶器らしき器類が並べられていた。両脇の壁には油絵のような絵画が掛かっていた。


 部屋の中央には楕円形の大きなテーブルがあり、それを取り囲む様に黒い革製のソファーが置かれている。その奥には、黒檀のような木材で作られた大きな執務机。表面はぴかぴかに磨き上げられ、天面の角には金細工のような装飾がはめ込まれている。


 誰が見ても、地位のある者が使う部屋だと分かる。


 しかし、豪奢な内装とは裏腹に、特殊合金の分厚い壁に守られた執務室は、外部からの干渉を悉く跳ね返すよう設計されている。


 限られた者しか入室が許可されない部屋であったが、今はクーマの部屋となっていた。


 夜も更け、大方のスタッフは退庁していたが、クーマは未だ執務室に居た。対宇宙に解き放った刺客と連絡を取る為だ。


「……失敗したのですか。計画通りにはいかないものですね」

「ターゲットの少年が格闘術を使うまでは想定していたが、『風の姉妹』までも介入してきたのは計算外だった。『次元調整機構』と『島の記憶』は敵対していたのではなかったのか?」

「こちらの世界の事情を現地にそのまま当てはめられても困りますね。それで、作戦は継続できるのですか?」

「情けない話だが、こちらのエージェントの大半がやられた。『疾風』と『暴風』の実力を甘く見ていたようだ。動くことはできるが全力は出せない。痛みが残っている内はテレポートも無理だろう。正直厳しいとだけいっておく。続けるか?」

「……よいでしょう。現時刻を以て作戦は終了してください。契約に従って、報酬は半額だけお支払いしましょう。お伝えしたとおり、帰還の日時に指定ポイントに来てください」

「分かった。済まんな」


 謝罪の言葉を受け取ったクーマはそこで通信を切った。


「さて……どうしますかね」


 クーマは、席から立ち上がると天を見上げて、独りごちた。


 神楽耶ことフェリア・クレイドールをを始末する作戦は失敗したが、もう一つの計画は依然として継続中だ。


 クーマは広い執務室の中をゆっくりと歩きながら、転送基について思いをめぐらす。


 六角転送基の使用方法に関する解析は意外と進んでいた。転送基表面に刻まれた超古代文字の解読に従い、その使用方法は着実に明らかになっていった。当初は、こちらの宇宙からのジャンプしか分からなかったが、ジャンプ先から戻ってくる方法についてもおぼろげながら分かるようになっていた。


 解読班の解読に従って、対宇宙へ超小型の無人探査機を送り、戻す実験が繰り返された。


 しかし、実験は重ねるごとに失敗が増えていった。


 最初は五十パーセント程であった帰還成功率が、三十パーセント、十五パーセントとどんどん下がり、遂には全く成功しなくなった。それのみならず、こちらからのジャンプも不安定となり、ついにはジャンプすらできなくなった。


 解読班とスタッフが懸命に復旧につとめたが、原因は分からず、転送基の故障だと結論づけられた。何千万周期も昔の装置だ。何時壊れてもおかしくない。機構の技術スタッフは皆そう思った。


 結果、転送基は修復不能であると結論付けられ、『宙の王(そらのおう)捕獲計画』は破棄された。同時に、対宇宙に派遣したエージェント、フェリアの帰還作戦も放棄することが決定された。


 しかし、クーマただ一人だけが『六角転送基』が動かなくなった原因に気づいていた。


(ジャンプさせ過ぎたのですよ。失敗したのは……)


 思わず苦笑する。


 六角転送基で次元を飛び越えて、対宇宙にジャンプするには大量のエネルギーを必要とした。正確なジャンプをするためには目一杯エネルギーを充填させなければならない。


 エネルギーの充填が不十分なまま無理にジャンプしても不安定になる。転送基にはエネルギー充填量を示す計器などは何もなかったから分からなかったのだ。


 技術スタッフが転送基の復旧を諦めた後、クーマは秘密裡に実験を行った。端末に転送基への充填量を示すボックスを取り付け、十分な充填をしてからジャンプするという至極シンプルなものだったが、実験は成功した。


 しかし、クーマはこの事実を誰にも言わなかった。ジャンプが出来るようになったからといって、それで全て解決したわけではなかったからだ。


 エネルギー充填を十分にしたとしても、ただジャンプできるというだけで、向こうの世界からの帰還をコントロールできるわけではない。結局は振り出しに戻ったに過ぎなかった。


 ――ピピ―、ピピー


 黒光りする執務机に戻ったクーマは、机に置かれた固定型の通信機でどこかを呼び出した。


『……はい。コントロールルームです』

「今日の当直は貴方ですか」

『何でしょう?』

「確認したいデータがあるのですが、今から行ってもよいですか」

『問題ありませんどうぞ』

「では直ぐに伺います」


 通信を切ったクーマは、足早に執務室を後にした。



 ◇◇◇



 ――次元調整機構のコントロールルーム。


 広い円形の部屋には、周囲の壁一面をぐるりを囲む、三百六十度の全周スクリーンがあった。しかしそこに映し出されているのは、次元調整機構の地方支部でも、帝国の景色でもない。グレーの全周スクリーンに映し出されていたのは、赤や青のドットとそれに対する文字情報だけだ。


 次元調整機構は、依然と次元断層に迷い込んだ情報思念体の救出を行っているのだが、このコントロールルームは、次元断層に迷い込んだ情報思念体の探索とトレースを行う中枢だ。


 しかし、次元断層に情報思念体が迷い込む事がいつ発生するか分からないため、観測と救援は昼夜問わず行われていた。


 スクリーンに漂うように浮かんでいる一つの赤い点に、青のドットが近づいていく。


 赤の点は次元断層に迷い込んだ情報思念体を現し、青の点は、救出に向かっているエージェントを示していた。文字情報は情報思念体本人の識別情報だ。


 やがて、赤い点に青のドットが重なり、緑へと色を変えた。エージェントがターゲットをエミットに成功した印だ。


 部屋の中央に立つ一人の男がその様子を確認し、安堵の声を漏らした時、一人の男が部屋に入ってきた。


「クーマ代行。いえ、し……」

「挨拶は無用です」


 敬礼しようとした男を手で制してから、クーマは男に確認した。


「今日は、これで何件目ですか?」

「ちょうど三件目のエミットが終わったところです。ひと頃と比べれば随分減りました」


 男はやれやれといった表情を見せたが、クーマは次元断層に迷い込む情報思念体が激減したその理由を知っていた。


 それは転送基だった。


 技術スタッフが転送基が故障したと結論づけた後もクーマはその原因調査を続けていた。調査を続けるうちに、クーマは転送基でジャンプする度に大量の情報思念体が次元断層に迷い込んでいたことを知った。


 クーマは、更なる調査の末、転送基はジャンプしないときでも、定常的に時空に穴を開けていることを発見する。六角転送基は、動力に繋いでいるだけで、無差別に物体を転送してしまうのだ。その時空の穴はランダムに発生し、その付近に居る人の情報思念体を、強制的に次々と次元断層に転送していった。


(転送基が、石切り場から掘り出されたと聞かなければ、いつまでも『故障した』ままだったかもしれませんね……)


 クーマは心の中で呟いた。


 転送基による無差別ジャンプを防ぐには、転送基から放出されるエネルギーを外部に漏らさせないようにすればいいのではないか。転送基が硬い岩盤で覆われた石切り場の中から掘り出されたのは、転送基を開発した太古の科学者達が、無差別ジャンプを回避するために、わざとそこに置いたのではないか。クーマはそう推測した。


 だが、既に転送基は掘り出され、建物の一室に収まっている。


 クーマは試行錯誤の末、転送基へのエネルギー供給を絞ることを思いつく。転送基に一度に流入させるエネルギー量を減らせば、ランダムに発生する時空の穴が減るのではないかと考えた。


 その試みは当った。エネルギー供給量を減らし、エネルギー充填にたっぷりと時間を取ることで、時空の穴の発生頻度は激減した。次元断層に引き摺りこまれる情報思念体も数えるほどになった。


「過去のエミット実績データを見せてください」


 男はプレート型の端末を二、三操作してから、クーマに渡した。


「ここのところは日に三、四件程度で安定しています。このまま推移すればエミット計画も縮小ですかね」

「……そうかもしれませんね」


 男は呑気そうにいって笑い、クーマも応じたが、その目は笑っていなかった。


 秘密裡のジャンプ再実験に成功したクーマは、再び帰還方法を確立するための調査解析をした。そのとき重大な事実に気づいた。


 フェリアに伝えていた、帰還の日時と座標が、元々セットされていたものからズレていたのだ。おそらく、度重なる実験とエネルギー供給量を絞った影響だろうと思われた。クーマは直ぐに変更された日時と座標を割り出したのだが、クーマはこの状況を最大限に利用することにした。


 技術スタッフは『故障した転送基』など相手にしない。帰還の日時と座標が変わっていることを知っているのは自分だけだ。


 向こうの世界にいるフェリアには、転送基が故障したと伝えれば、それだけで彼女を置き去りにできる。完全に元の世界から切り離し、自分が味わった愛する人に会えない悲しみを彼女に背負わせてやることが出来る。クーマにとって究極の復讐だった。


 ――だが。


 復讐だけならばそれでよかった。宙の王の回収さえ諦めればそれで終わっていた筈だった。


 しかし、クーマにはもう一つの野望があった。転送基が情報思念体を無差別転送してしまうという欠点は、逆に彼の野望を再び燃え上がらせた。


 ただ、その野望を実効あるものとする為には宙の王の知識を記憶が必要だった。


 フェリアを帰還させずに、宙の王だけをこちらの世界に戻す。クーマが『闇の使徒』を刺客として送り込んだのはそのためだ。


 しかし、転送基の性質が明らかになった今、無闇矢鱈に対宇宙にジャンプさせるわけにはいかない。ジャンプできる程の充分なエネルギー充填には時間が必要であったし、ジャンプ準備を急ぐ余り、転送基へのエネルギー供給量を増やせば、次元断層に引き摺りこまれる情報思念体が激増してしまうからだ。


 クーマがコントロールルームに来たのは、次元断層に迷い込んだ情報思念体の数と状況を確認し、再びジャンプできるタイミングを探るためだ。


「三、四件ですか……」


 クーマはもう一度呟いた。これならば、もう少し転送基へのエネルギー充填量を増やせそうだった。


「ありがとう。参考になりましたよ」


 そう言い残して、クーマはコントロールルームを後にした。 


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