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裏切り

 智哉達を乗せた車は、三十分程走り、山間のとあるレストランに着いた。裕也がついたぞ、と智哉と神楽耶(かぐや)が座っている後部座席を覗く。


「兄さん、ここは?」

「俺の隠れ家だよ」


 思わせ振りな事を言って裕也は智哉と神楽耶を先導する。


 裕也は、「やってるよ!」と札の掛かった、レストラン入り口の扉を開け、中に声を掛ける。


「マスター」

「おお、裕ちゃんか。久しぶりだね。シカゴに行ってたんじゃなかったのかい」


 オールバックに顎髭を蓄えた、清潔感溢れる三十後半くらいの男が顔を出した。


「研究で日本に逆戻りですよ。しばらくはこっちに居ます」


 といって裕也は店の奥をちらとみてからマスターにウインクした。


 マスターは裕也のリクエストを即座に理解して、奥の個室に案内する。


 店内はやや黄色掛かった白の漆喰で固められ、剥き出しの梁や柱には、ダークブラウンの木材が使われている。高い天井には、やはりダークブラウンの木材で出来た五枚羽のシーリングファンがくるくると空気を揉んでいた。五脚ほどある四人掛けのテーブルもまた柱と同じ色合いのダークブラウンで設えられ、緩やかなカーブをえがく背もたれのついた椅子が定位置にキチンと収まっている。テーブルの一つ一つには、底面をカットした卵型のテーブルランプがひっそりと佇んでいた。


 三時前という時間だからなのか、智哉達三人以外客らしき姿は見当たらなかった。


 個室に入った裕也は智哉と神楽耶にテーブルの奥側の席を勧め、自分はその対面に腰を下ろした。


「兄さんの知り合いの店なの?」


 智哉が店内をぐるりと見渡す。


「まぁな。学生時分はアイデアに詰まると、よく来てたんだ。その気になればずっと放っておいてくれるし、ロケーションもいいし……」

「まぁ、道楽の店ですよ」


 マスターが水を持ってやってくる。にこにこと人懐っこい笑顔を智哉に見せた。


「裕ちゃん。こちらは、噂の弟君かい?」


 マスターがグラスを置きながら裕也に顔を向けた。


「ええ」


 裕也が頷く。


「智哉です。兄がお世話になってます」


 智哉が軽く会釈する。


「そうしゃちほこばらなくて、気楽にしててよ。このとおり、あんまり客の来ない店だからね」


 マスターが屈託なく笑った。静かな店内は静謐ささえ漂わせている。ついさっきまで、黒服と闘っていたなんて嘘のようだ。気持ちのいい店だ、と智哉は思った。


「ええと、珈琲でいいかな?」


 裕也の問いに智哉と神楽耶が頷く。


「はい。ブレンド二つと、裕ちゃんは、いつものキリマンかな」


 マスターは裕也とアイコンタクトして、注文に間違いないことを確認すると、厨房の奥へと消えた。


 しばらくして、三人のテーブルに珈琲が届けられる。ナッツオイルのような芳醇な香りが鼻孔をくすぐった。ごゆっくり、と挨拶して背を向けたマスターを見送った裕也は、智哉と神楽耶に向き直った。


「さて智哉、込み入った話を聞かせてくれる前にだ……」


 裕也は神楽耶に顔を向けた。


「こちらのお嬢さんは、お前の彼女でいいのかな」


 智哉と神楽耶は互いに顔を見合わせてから、ほぼ同時に友達です、と答えた。 


◇◇◇



 風の誘いに乗って、まだ紅くなるには幾許かの猶予がある葉っぱが、窓の桟を軽くノックした。傾いた陽が蒼穹を艶やかな朱に塗り替えていく。


 テーブルに添えられたランプの一つ一つにマスターが火を灯して回る。智哉達のテーブルのランプが柔らかな光を投げかけ始めた辺りで、智哉と神楽耶の説明は終わった。


「成程。話は分かった」

「兄さん、信じてくれる?」

「未知のことを頭から否定してたら、研究者にはなれんよ」


 智哉と神楽耶の説明を一通り聞いた裕也は、そう言って右手の人差し指で、自分の左の頬をポリポリと掻いた。


「だけど、今の話が全部本当だとしてもだ…………いくつかおかしな所があるな」

「え?」


 智哉が訊き返し、神楽耶は怪訝な表情を浮かべた。


「うん。三つ程あるかな……」


 裕也は、マスターに珈琲のお代わりを注文してから話し始めた。


「まず、神楽耶君が持ってきたという『クレスト』が、智哉の中の『宙の王』を回収できなかったってことだが、『宙の王』を回収できないのは一番の問題の筈だ。それが目的でやってきたのならね。『クレスト』がそれほど重要なアイテムならバックアップを用意しておくのが普通だし、万一それがなくても、直ぐに代わりを寄越すのが常識だよ。神楽耶君、君の世界からは何も寄越してこなかったのかい?」


 神楽耶が首肯した。


「ということは、神楽耶君の上司……でいいのかな。彼は『宙の王』を回収できないのを是としているということだ。だとすると、何のために神楽耶君をこっちの宇宙に派遣したのかということになる」

「それは、桐生君の中に『宙の王』がいることは私しか探せないから……」


 神楽耶が慌てて説明する。


「そうだとしても、いやそうであれば、尚更、回収できないことは問題にしなくちゃいけないよ。それがないのはおかしいね」


 裕也は首を傾げた。


「次に、今の話に絡むかもしれないのが、今日いきなり襲ってきたという黒服だ。神楽耶君、彼らに心当たりはあるのかい?」

「はっきりした事は分からないわ」


 神楽耶は(かぶり)をふった。


「だけどあの顔立ちと瞳の色、そしてテレポート。――きっと私達の世界の住人よ」


 神楽耶はつい身を乗り出してしまっていたが、マスターが珈琲を持ってきたのに気付いて座り直した。


 裕也は落ち着いて、二杯目の珈琲にゆっくりと口をつけた。


「だろうね。ということは神楽耶君の知らない人物、あるいは組織が神楽耶君を邪魔だと思っているということだ。智哉、お前も黒服に狙われたのか」


 裕也が智哉に顔を向ける。


「――わからないよ。最初のうちは立花さんだけを攻撃して、僕には何もしなかったけど、途中で立花さんに加勢したから」


 智哉は正直に答えた後、はっとして裕也に訊ねた。


「兄さん、もしかしたら、赤髪の娘が関係しているとか――」

「どうかな。可能性としてはあるけども」


 裕也が疑義を示した。


「赤髪の――ミローナという娘だっけ。彼女こそ智哉から『宙の王(そらのおう)』を回収しようとしていたんじゃないのか? 智哉が怪我したときに、神楽耶君と闘ったそうだけども、それが第一の目的だったとは思えないな。智哉、あの後、ミローナに連れ去られたと言ってたが、神楽耶君と闘うのが目的だったら、智哉が一人になるときを見計らって接触したりはしないだろう」


「……」


 智哉の返事を待たずに、裕也は神楽耶に質問した。


「神楽耶君。ミローナという娘は、仮に君を倒そうとしたら、自分で手を出さずに他の奴らにやらせるタイプなのかい?」

「そんな卑怯な真似はしないわ。ミローナは正々堂々と自分の手で決着をつける娘よ」


 神楽耶は即答した。


「うん。なら、その黒服は、ミローナの所属する組織から送られてきた可能性は低くなる。そうなると次に考えるべきは転送基なんだ」


 智哉と神楽耶は裕也の次の言葉に意識を集中させた。


「神楽耶君。君の世界では、こちらにくる為の『六角転送基』は自由に使えたのかい?」

「ううん。私はこちらにジャンプしたときは、次元調整機構の管理下にあったわ。部外者では転送基の操作方法もわからない筈よ。機構以外に使えるとしたら、ミローナのいる『島の記憶』くらいしか考えられないわ」


 神楽耶はやや落ち着きを取り戻していた。


「となると、可能性が高いのは、神楽耶君が所属している組織、次元調整機構が黒服を派遣した可能性が一番高いと思う」


 裕也はそういって、思いだしたように珈琲に角砂糖を一つほおりこんだ。


「その転送基が壊れた、というのも気になるんだよ」


 スプーンでぐるぐるとカップの縁をなぞるように掻き混ぜ、下を向いたまま裕也は説明する。


「神楽耶君がこちらにジャンプするのに使った転送基なんだが、何千万年も前に造られた装置で、しかも動いたというのが本当なら、とんでもない代物だ。オーバーホールくらいしたかもしれないが、そんなに古ければ何をしたって動かなくてもおかしくない。それどころか化石化していても不思議じゃないな。でも、神楽耶君がここに居るということは、正常に動作したということだ。それだけ常識外の技術であることは間違いない。それが急に壊れたなんていうのは、それこそ逆に怪しく思えるな」


 裕也の説明に智哉は黙りこくってしまった。神楽耶から自身の正体と目的を明かされたあと、ただ吃驚するばかりで、その中身を考えたことはなかった。智哉は兄の冷静な分析に流石だと感心し、相談してよかったと思った。


「でだ。これらのことから考えられる仮説が一つある。たげど、神楽耶君には……」


 裕也は続きを話すのを躊躇っているようだった。それをみた神楽耶が、覚悟を決めた顔で裕也を真っ直ぐにみた。


「お兄様。ここまできたら、仰ってください。どんなお話でも受け止める覚悟はしていますわ。私のことは気にしないで結構ですから」

「そうか。そこまで腹を括っているのなら……」


 裕也はお代わりを一気に飲み干した。


「これはあくまでも仮定の話だと言っておくけども――」


 裕也はそこまで言って、大きく息を吸い込んだ。


「神楽耶君。君は次元調整機構に裏切られたんだ」 

 

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