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絶望

 智哉が心の中の『宙の王』とコンタクトを取っていたころ、神楽耶(かぐや)は元の世界とコンタクトしていた。宙の王(そらのおう)の回収作戦について定時報告をするためだ。


 神楽耶が『クレスト』を掌に乗せて、母星と通信するイメージをする。クレストは青く発光し、ホログラム映像を結んだ。


 ホログラムは神楽耶の母星であるヴィーダを映したかと思うと、さっと映像が代わり次元調整機構の本部へと繋がる。ホログラムは、いつも報告する次元調整機構所長のカラクではなく、クーマの姿を映しだした。


「時間通りですね。フェリアさん」


 クーマが挨拶する。


「クーマ主任、お久しぶりです。定時報告ですけど、所長は何処にいらっしゃるのかしら」

「カラク所長は、体調不良で休んでおられます。代わって私がお伺いします」

「体調? 何処かお悪いのですか」

「いえ、軽い眩暈だと伺っています。御高齢ですが医療スタッフが付いていますから心配ありませんよ」

「そうですか。では、所長にお大事にとお伝えください」

「確かに、承りました。では、進捗の報告をお願いします」

「は、はい」


 神楽耶は一瞬目を伏せた。余り良い報告ではないようだ。


「前回より進捗はありません。ターゲットの監視は継続中。ターゲットに宙の王が潜んでいることは間違いありません。けれど、依然エミットはできていません。原因を調査中ですが、まだ究明には至っていませんわ」


 神楽耶の報告にクーマの顔色が曇った。やはり『宙の王』を回収できていないせいだ、と神楽耶は思った。しかし、クーマに沈んだ表情を作らせたのは、それではなく、神楽耶の想像を超える理由だった。


「……なるほど。良い知らせは簡単ではないようですね。実は、こちらからも良くない知らせをしなければなりません。フェリアさんには大変申し上げにくいのですが……」


 神楽耶は不安気な表情を浮かべた。


「何かあったのですか」


 しばらくの沈黙があってからクーマが重々しく口を開いた。


「六角転送基が故障しました。そちらの宇宙へジャンプできません」

「え? 今なんと」

「転送基が故障したのです」


 クーマの顔が歪む。


「どういうことですか。クーマ技術主任」


 神楽耶が重ねて問うた。


「転送基の故障で、こちらの宇宙とそちらの宇宙との連絡が断たれました。こちらに帰還できないのです」

「帰りのゲートはあと一セグエントほどで開くと……」


 神楽耶が縋るような声を出した。


「そのゲートが開かないのです。目下全力で調査していますが、原因不明です」

「そんな……」

「無論、総力を上げて復旧に努めていますが、相手は先史文明の超古代装置です。今の我々の技術で修理できる見込みは殆どないのが現状です。残念ですが……」


 呆然とする神楽耶に構わずクーマは最後通牒を言い渡す。


「最悪の場合はそちらの世界で生きていただく他ありません。その為の準備を始めていただきたい。何か進展があれば、こちらから連絡いたします」


 フェリア()()()()、の言葉を残して通信は切れた。


 神楽耶の頭は真っ白になった。何が起こったのか現実感がなかった。元の宇宙に帰れないなど、そんな事があるわけない。言葉として理解できても、心が拒絶した。


 神楽耶は手にしたクレストを見つめ、夢なら早く醒めてくれ、と祈った。  



◇◇◇



 母星との通信を終えた神楽耶は、未だ現実受け入れられないでいた。 


 神楽耶は、バスルームに向かい、とりあえず汗を流すことにした。そうすることで少しでも気を紛らわせたかった。


 湯船に専用の流体金属パックを入れ、足を入れる。流体金属が皮膚から吸い込まれていく独特の感覚が襲ってくる。神楽耶は先程告げられた非情な知らせを反芻していた。


 まさか、帰れなくなる事態になるとは考えていなかった。自分のテレポート能力ではどうにもならない。


 勿論、次元調整機構も転送基の修理に全力を上げるだろう。しかし、先史超古代文明が作った装置だ。そう簡単に修理できるとは思えない。クーマもそう言っていた。


 帰れるのは一年後か十年後か、それとも…………


 もしかしたら、このまま一生この世界にいることになるかもしれない。神楽耶はそう考えてぞっとした。自分はこの世界では、あくまでも異邦人。こちらで出来た友人とて所詮は仮初め。居場所なんて元よりない。


 湯船から上がって体を洗う。皮膚にこびり付いた金属臭を消すために、石鹸で入念に洗う。元の世界に帰れないこの不安が石鹸の泡と一緒に流れてくれればいいのに、そう祈りながら、シャワーで洗い流す。だが、それで答えが見つかる筈もない。


 神楽耶はシャワーの雨が掌の泡を押し流してゆくのを見つめ唇を噛んだ。元の世界では、大して珍しくもない金属骨格と強化筋繊維のこの躰も、こっちの世界では有り得ない存在だ。


 智哉を助けた入学式の日も、パワーをほんの少しだけ使った。右手の指に伝わった骨が軋む感触をまだ覚えている。


「こんな化け物。好きになってくれる男性(ひと)なんて、いるわけないよね」


 神楽耶はシャワーを止め、自嘲気味に笑う。


 この世界で生きていくしかないのか。神楽耶の心は絶望で満たされていた。 


 神楽耶はバスルームから出て、ぼんやりと外の景色を眺める。ぽつぽつと水滴が窓ガラスを叩き始めていた。


 ――あの時と同じ。


 神楽耶は、次元調整機構に拾われる前の自分を思い起こしていた。地面に這いつくばり、躰を起こすこともできないまま、雨に打たれるに任せていたあの時。


 事故で母を失い父が消えてから、神楽耶はずっと独りで生きてきた。ゴミ箱を漁ってでも生き延びた。動くにもままならない重い躰に顔の傷。人身売買ブローカーにさえも、売り物にならないと見捨てられた。自分を助けてくれる人など何処にもいない。頼れるのは自分だけ。次元調整機構に拾われても、その考えは変わらなかった。結果を出せなければゴミのように捨てられる。それが現実。そう思って生きてきた。


 それが――。


 どんなに頑張っても、自分一人では解決できない局面が現れたのだ。神楽耶は、あの時のように、自分がどうすればよいのか分からなかった。


(でも、帰れなくなったのは、私だけなの?)


 そう思った神楽耶はミローナ達の事に気づいた。


(ミローナ達はどうやってこちらの世界に来たのかしら。ううん、転送基を使った筈よ。ミローナ達は『宙の王』を追って来たのだから)


 ミローナは神楽耶達を襲ったとき、智哉を『宙の王』かと言った。そして、智哉が抜糸したあの日、ミローナが智哉を拉致した。智哉は何もされなかったと言っていたが、ミローナは智哉から『宙の王』の回収を試みたに違いなかった。


(そうよ。『宙の王』なら何か分かるかもしれない。永遠の転生者にして、無限の記憶を持つ彼なら、帰還する方法を知っているかも……)


 神楽耶は微かな糸口を見つけた気がした。


 だが、既にミローナ達が智哉から『宙の王』を回収し終わって、そのまま元の世界に帰っている可能性もない訳ではなかった。


 確かに、あの日以来、ミローナ達は姿を見せていない。ミローナに直接確認できない以上、残された手段は、智哉の中にまだ『宙の王』がいるかを確かめることしかなかった。


 でも――。


 そこまで考えて、神楽耶の思考は行き止まりに当たった。あの日以来、智哉とは疎遠になっている。智哉から声を掛けてくることもなければ、こちらからも声を掛けることもなかった。教室こそ同じだったが、二人の気持ちは遠く離れてしまっている。


 しかも、智哉に『宙の王』の事を詰問してしまう失敗もしている。だが神楽耶に残された手段はもはや智哉の中の『宙の王』に縋ることしかなかった。


 ――ぴろりろりん。

 

 神楽耶の携帯が、メールの着信を告げる。パネルをタッチしてメールを確認する。

 メールの送信者は智哉だった。

 

 ――ちょっと話せないかな。

 

 智哉のメールにはそう書いてあった。

 神楽耶は飛びつくように承諾の返信をした。


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