秘密
『宙の王』に導かれ、智哉は瞑想を続ける。
宙の王が語った宇宙と繋がっているというのは良く分からなかったが、智哉は安らぎを覚えていた。
(このままでいいんだ……)
他人の目ではなく、自分の目で見て自分を認める。とてもシンプルなことだったが、智哉は自分の心を縛っていた何かが少し解けていくような気がした。
――うん。もうそろそろええやろ。戻ってき。
『宙の王』が声を掛けた。智哉は我に返った。『宙の王』とのコンタクトが切れてしまうのではないかと不安になったが、それはなかった。
それから智哉は時を経つのも忘れて『宙の王』と話し込んだ。
(ねぇ、君はどうして、こちらの宇宙にきたの?)
――こっちの宇宙にしかないものがあんねん。それを探しにきてん。
(探しにって、この地球にあるものなの?)
――せやな。あるちゅうたらあるな。
(それは、宝石とかレアア―スとかいったものかな)
――即物的やな。あんさん。そんなんこっちの宇宙にもあっちの宇宙にも溢れとる。珍しくもないわ。
(じゃあ何を探しているのさ)
――情報や。いろいろ集めとかなあかんもんがあんねん。
(僕の中にいたって探せないんじゃないの?)
――あ~。肉の眼でみたらあかん。即物的や言うたばかりやん。心はみんな繋がってんねんで。あんさんの心を経由してこっちの宇宙の情報を集めとるんや。
(じゃあ。君が僕の心の中にきたのも……)
――せや。こっちで肉体を実体化させてもうたら、心の中に入られへん。せやから、魂のまんまであんさんの心を間借りさせてもろたんや。
(ふ~ん。その情報は見つかったの?)
――ちゃんとあったで。一番探しとったモンはもう見つけたわ。
(よかったね)
――あんさんの心に入った日に殆ど終わったわ。まさか、あんさんが『彼』やったとは。大当たりや。
(何?)
――いや、何でもあれへん。今は他の情報を集めてんねん。
(まだあるの?)
――せや。こっちの宇宙は久々やからな、色々変っとるようやな。
(前にも来た事あるんだ)
――大分昔やけどな。
(君の宇宙からはよくこちらの宇宙にやって来るの?)
――そうそう簡単にはこられへんけどな。他にも何人かおるで。
ふと智哉は、あの日襲ってきた赤髪の娘を思いだした。宇宙人か何かだと思っていたが、もしかしたら……。
(じゃあ、あの赤髪の子は……)
――せや、あの娘もわての宇宙の住人や。ミローナちゅうねん。ミローナについとった、もう一人いたやろ、あの大っきい娘もそうや。エトリンちゅう名前やねん。あと、あんさんも薄々感づいとるやろうけど、神楽耶はんもせやな。
(……やっぱり立花さんも、そうだったんだ)
――せやな。
(そうだ。あのミローナって娘。瞬間移動したけど、君達は皆あんなことができるの?)
――皆なわけあらへん。一部だけや。
(どうやったら、瞬間移動なんて出来るの?)
――説明すんのはむつかしいな~。せやな。始めに瞬間移動する先に自分がいるとイメージすんねん。そんで、肉体を分解して、移動先で作り直すねん。心を先に移動させてまうんや。
(全然分かんないんだけど)
――やっぱ。分からんへんか。すまんなぁ。この惑星の科学がもうちっと進んだら分かるようになる思うわ。
(……)
――そのうち地球でも瞬間移動できるようになる思うから楽しみにしとき。
(……それで、立花さんとミローナとエトリンはなんでこちらの世界に来たの?)
――あの娘らは、わてを連れ戻しにきたようやな。
(連れ戻すって、君の宇宙へ帰るってこと?)
――せや。
(UFOか何かに乗っていくの?)
――いんや。同じ宇宙の移動やったらUFOでもええねんけど、わてらの宇宙にはいけへん。宇宙を越えてジャンプまでは出来ひんねん。
(なら、どうやって来たのさ?)
――対宇宙へ跳ぶ専用の転送基があんねん。『六角転送基』っちゅうんやけど、それを使うんや。
(じゃあ帰りもそれ使うんだ)
――せやせや。
そこまで聞いて智哉は心に去来した疑問を『宙の王』にぶつけた。
(あれ、ちょっと待って。君が元の宇宙に帰るときはどうするの? 君は、僕の心の中に居るんだよね。その転送基はそれでも君だけ転送してくれるの?)
――あんさん、ええとこ突くな。転送基は其処まで便利には出来とらへんのや。ジャンプする時にゲ―トが開くさけ、ゲ―トの場所におらなかんねん。そのときは、あんさんから離れてゲ―トにいって依代に移るねん。
(依代って)
――まぁ、魂が宿る船やな。魂をそれに移して、それごと跳ぶねん。まぁ、なんでもええっちゅう訳でもないんやけどな。
(いつ帰るの?)
――それも集めとる情報の一つや。向こうに帰るときには前兆があるさかいな。それを待っとんねん。
(その前兆を見つけたら帰るんだ)
――そや。そんときにはあんさんから……離れて適当な依代に移れば……ええんや……。
宙の王は少し言葉に詰まった。
(どうしたの?)
――あ~。やっぱ気づいてまうか。しゃあないな。実はな、ちょっとだけ拙いことになっとんねん。
(何?)
――あんさん、このあいだ顔に怪我しよったやん。あんときは、わての魂の一部をあんさんに分けたんや。
(え?)
――わての魂の一部をあんさんのほっぺに実体化させて止血したんよ。あのままほっといたら、危なかったんやで。
(じゃあ、君が僕を助けてくれたの?)
――まぁ、そういえば、そうなるかな~。
(……ありがとう。知らなかったよ)
――わてもあんさんが死んだら困るしな。それはまぁええねん。けどな、そのせいでちょっと拙いことになってもうてん。
(どういうこと?)
――魂を分けたもんで、あんさんの魂とわての魂が混ざって、くっついてもうてん。せやさかい、離れようとしても離れられんくなってもうたんよ。
(じゃあ。帰れないの?)
――せやねん。このままわてらの宇宙に帰ろうとしても、あんさんも一緒に連れくことになんねん。せやから、あんさんとわての魂を分けとかんとあかんねん。
(分けられないと、このままずっと一緒なの)
――まぁ。あんさんが死んだら離れられると思うわ。
(一生このままってことじゃん)
――せやな。だから、その方法がないかの情報も探しとるんや。
(で、見つかったの?)
――まだや。どっかになんかあると思うんやけどなぁ。今度、ミローナか神楽耶はんに会うたら言うといてや。せや、神楽耶はんとは、ちゃんと謝って仲直りするんやで。
(……)
――なんや、まだ疑ごうとるな。わての話、妄想かなんかやと思とるやろ。
(え、いや、そんな……)
智哉は言い繕ったが、そんなことで「宙の王」は騙されなかった。
――わては、あんさんの心におんねん。隠したって無駄や。全部分かってまうねん。……せやな。神楽耶はんの持ってる紺のペンダントあるやろ。
智哉は、神楽耶が落として、自分が届けたペンダントを思い浮かべた。
――そうそう、それや。あれな、わてらの惑星では『クレスト』っていうねん。魂を封じ込める力があるんよ。夏休みが終わる日、神楽耶はんは『クレスト』にわてを封じ込めようと、あんさんの部屋にきたやん。覚えとるか。
あれは夢じゃなかったのか。智哉はあの日の事を思い出した。
――夢やないで、ほんとに来たんや。でも『クレスト』に入れることは出来ひんかった。なんでやろなぁ。
(分からないんだ)
――神様やあるまいし、何でもかんでも分かる訳あらへん。なんで出来ひんかったんか今度、神楽耶はんに訊いといてくれるか。
(……立花さんに訊けるわけないよ)
――そんな弱気じゃ、あかん、あかん。さっき仲直りしときって言うたばっかりやん。プレゼントの一つでも買うて、機嫌とっとき。
(でも……)
智哉の躊躇いを振り払うかのように『宙の王』は言った。
――ほな、ひとつええ事教えたる。神楽耶はんが掛けとる眼鏡、あれ伊達眼鏡やで。向こうの世界におった時、あんなん掛けてへんかったもん。あの眼鏡で見られるといつも縛られたような感じがすんねん。多分やけど、あの眼鏡はわてを見つける為のもんやで。あんさん、神楽耶はんにわてのこと話すやろ。ほしたら、あの眼鏡はもう要らん筈や。せやから、もっと可愛い眼鏡でも買うてやり。神楽耶はんがあの眼鏡使うの止めてくれるとわても縛られんで済むさかいな。
(……えぇ? そんなので、機嫌なんて直るわけないよ)
――ええんよ。気になる人からやったら、何をもろても嬉しいもんや。
智哉には最後のアドバイスの意味がよく飲み込めなかった。




