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拉致

 神楽耶がコンビニに入っていったのを見送った智哉は、追いかけるのを止めて、外で待つことにした。コンビニ正面の道端で立ち止まる。遠目にコンビニを除くと、冷蔵ケースの前にオレンジレッドの後ろ姿が見えた。


(そういえば、飲み物のリクエストをしていなかったな……)


 智哉は、ぼんやりと考えていたのだが、そのせいなのか、自分の背後に人影が出現したのに気付くまで数秒を要した。


 ――――!


 突然、背中に冷たい金属製の何かが当たるのを感じて、智哉は声を上げそうになった。だが背後から伸びた手で口を塞がれる。聞いたことのある声が後ろから囁いた。


「少年。ちょおっと顔貸してくんねぇか。なぁに大人しくしてりゃ何もしやしねぇよ」


 智哉は黙って頷くと、首を捻って背後の人影を見る。濃いピンクのフードを被っているが赤い髪がはっきりと見えた。ミローナだ。


 智哉はミローナに裏通りの公園に連れていかれた。公園は何処にでもある小さなものであったが、滑り台やブランコに鉄棒と一通りの設備が備えられていた。公園には見覚えのあるもう一人の大柄の娘が待っていた。エトリンだ。エトリンは、ブランコに窮屈そうに座り、両手で抱え込むように、スモールサイズの缶コーヒーを啜っていた。


「座んな」


 ミローナが智哉にベンチに座るよう指示する。智哉は素直に従った。


「少年。お前、名は何てんだ?」


 ミローナが正面から尋ねる。


「……智哉」


 智哉は苗字を言わず下の名だけ答えた。余計な情報まで与えたくなかった。もしかしたら、赤髪の娘はそれを咎めるかもしれないとも思ったが、それはなかった。


「トモヤ、か。ちょっとじっとしてろよ」


 そう言うとミローナは、頭のフードを外して、見事な赤髪と黄色い角を外気に晒した。ミローナが左手で胸にぶら下げている紫色の宝石を填め込んだペンダントを握ると、彼女の瞳が藍色から明るいグリーンに変わった。


 智哉は一体何が始まるのかと首を竦めた。また、あの時のように切られてしまうのか。嫌な予感が体中を駆け巡った。


 ミローナは左手でペンダントを握ったまま、しゃがみこむと右手で智哉の首筋に触れて精神を集中させる。智哉はこの隙に逃げ出せないかとも思ったのだが、いつの間にかエトリンが傍に立っていた。エトリンは、ミローナと智哉の様子をじっと見つめている。逃げ出さないように見張っているのだろう。智哉の脱出作戦は脆くも潰えた。


「……コンタクト……コネクト……」


 ミローナの口から微かな声が漏れるのを智哉は聞いた。その意味は分からなかったが、何かを探っている様子は伺えた。智哉は、神楽耶が言っていた『宙の王』と関係があるのかとも思ったが、それを口にはしなかった。


 智哉の首筋に当てたミローナの右手が少し緊張したかに見えた。しかし直ぐにミローナは右手を下ろして立ち上がる。


「……もういい。行っていいぜ。トモヤ」

「え、あ……うん」


 智哉は特に何もされず解放されたことに安堵しながら、ベンチから立ち上がった。ミローナの顔には戸惑いの表情がありありと見て取れた。


 じゃあ、と立ち去ろうとした智哉にミローナが呼び止めた。


「おい少年。トモヤ……だっけか。一つ教えといてやる。あの女、立花神楽耶には気を付けろ」


 振り返った智哉にミローナはそう言った。智哉は一瞬怪訝そうな顔を浮かべたが、無言でその場から立ち去った。



◇◇◇



 智哉を見送るミローナに、寄り添ってきたエトリンが少し屈んで姉の顔を覗き込んだ。


「ミローナ姉さま、人違いでしたの?」

「宙の王かと思ったが、ちょっと違う感じがした。上手く言えねぇが……」

「お昼だからではないのですの?」


 缶コーヒーを一口啜ってからエトリンが確認する。

 睡眠時とは違って、覚醒時は表面意識が前面に出る。それゆえ本人の意識がノイズとなるケースがあることをエトリンは指摘した。


「いや、そういうノイズじゃない」


 ミローナは智哉の意識の中に宙の王が居ると推測し、それが確認できたら見つけたらエミットする積りでいた。その見立ては正鵠を得ていた。しかしミローナはエミットすることを躊躇した。そうさせる程の違和感があったのだ。


(宙の王だが宙の王でない、なんなんだ、アイツ?)


 ミローナはスッキリしないものを感じていた。エミットしようと智哉の首筋に触っていたとき、もう一方の手で握っていたクレストはずっと小刻みに振動していた。宙の王が居る事を示す共振振動だ。


 あの少年の傍には神楽耶がついている。やはり智哉が『宙の王』に最も近い存在であることを疑う余地はなかった。


「エトリン、もう少し様子を見るぜ。アイツが尻尾を出すまでな」

「はい。姉さま」


 エトリンは飲み終わった缶コーヒーのスチール缶を、人差し指と親指で縦に挟んでクシャッと苦もなく潰すと、公園入口脇の屑籠に捨てた。



◇◇◇



 ミローナから解放された智哉は、神楽耶が入ったコンビニには向かわず、ミローナ達の居た公園から、通り一本隔てた小路を歩いていた。解放されたとはいえ、何時またミローナの気が変わるかも分からない。追いかけられても、直ぐに見つからないようにと、念を入れて細い路地を右に左に折れて歩いた。


 土地勘のない場所ではあったが、時間と太陽の位置から大体の方角は分かる。智哉は、携帯を開いてネットに繋ぐと、ヤフーの地図のページから、小桜総合病院を検索する。立ち止まって、周りを確認して地図と見比べる。自分の居場所は直ぐに分かった。


 神楽耶が入ったコンビニとは大して離れていない。


 智哉は後ろを振り向いた。ミローナの姿は見えない。だが、テレポートできるミローナに対して、姿が見えないというのは安心材料にはならないなと思った。


 今頃、神楽耶は自分を探しているだろう。智哉は、神楽耶と別れたコンビニに向かうべきか迷った。気が付くと、結論出さぬまま、道なりに歩き出していた。


 ――神楽耶に気をつけろ。


 ミローナの言葉が頭に甦る。あの日、怪我をして入院したとき、神楽耶が何者なのか分からなくて悶々とした事を思い出す。

 

 神楽耶はミローナとどういう関係なのだろう。単純に敵だと思っていいのだろうか。ミローナが神楽耶の敵であるのなら、神楽耶の傍にいる自分も敵になっているんだろうか。だけど、さっきミローナは自分に危害を加えなかった。そればかりか、何もせずに解放した……。


 智哉は、自分の心に神楽耶に対する疑念が膨らんでいくのを感じていた。神楽耶が何かを隠していることは間違いないと思った。


 どうして神楽耶は自分に何も話してくれないのだろう。さっきミローナの事を訊いても、何も答えてくれなかった。そんなに自分が信用できないのだろうか……。


 智哉は神楽耶に対する気持ちが、急に醒めていくのに気づいて愕然とした。


 ――嘘だ。


 智哉は、そんな自分の感情を認めなかった。いや、認めたくなかった。


(もう一度だけ聞いてみよう……それで駄目なら……)


 顔をあげた智哉の視線の先に、見慣れた背の高い女性のシルエットが浮かんでいた。



◇◇◇



 神楽耶は智哉を探していた。コンビニの直ぐ外に居ると思っていたのだが、忽然と姿を消したのだ。智哉は自分に黙って帰ってしまうような人ではない。それは分かっていた。


 ――何処に行ったの?


 言い知れぬ不安が神楽耶の心を侵食していく。


 神楽耶は通りの間の路地や、コンビニから数件隣にある古本屋など、目に付く所を一つ一つ見て回った。しかし智哉は見つからない。


 かれこれ十五分程探した頃だろうか。通りを二つ隔てた道端に智哉がトボトボと独りで歩いているのを見つけた。慌てて駆け寄る。


「桐生君。此処(ここ)にいたの。探したわ」


 神楽耶はほっとしたような表情を見せた。しかし、神楽耶を目の前にしても、智哉は俯いたまま目を合わせようとしない。神楽耶は不審に思ったが、それを口に出す前に智哉が沈黙を破った。


「……立花さん」

「なに?」


 神楽耶は不安そうに答えた。


「……君は一体誰なんだ」

「え?」

「今、あの赤髪の娘(ミローナ)に会ったよ。公園に連れていかれたけど、何もされなかった……」


 あの僅かな時間にミローナが接触していたなんて……。神楽耶は智哉と離れてコンビニに入ってしまったことを悔やんだ。


「さっきも聞いたよね。あの娘達は誰なんだって」

「……」

「彼女らは何者なんだい? 君とどういう関係なんだ? 君は一体何を隠しているんだ!」


 智哉の声が上ずり出した。


「立花さん、最近の君はおかしいことばっかりだ。こんなに頭がよくて、綺麗な君が……どうして、何も話してくれないんだ! そんなに僕が信用できないのか!!」


 智哉の声は半ば涙声になっていた。

 智哉はそこまでいって、神楽耶を見上げた。その表情は神楽耶の答えを待っているかのようだった。


「あ、あの……」


 神楽耶はそう答えるのが精一杯だった。何と言えばいいのか分からなかった。肩まで上げた右手が虚しく宙を掴んだ。


 何も答えない神楽耶を見て、智哉は無言で俯いた。その両肩は少し震えていた。


「……もういいよ。一人で帰るから。さよなら……立花さん。付き添ってくれて有難う」

「き、桐生君……」


 智哉は、神楽耶の呼び掛けに振り向くことなく、そのまま一人で歩きだした。

 

 神楽耶は、智哉を追いかけることもできず、その場で立ち尽くしていた。

 

 見慣れた智哉の背中が、いつもより小さく見えた。

 

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