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疑念

 智哉が清涼公園に着いた頃、神楽耶(かぐや)はクラスの女友達と一緒に下校していた。表面上は友達とのお喋りを楽しんでいるようだったが、神楽耶は智哉の態度を理解できないでいた。


 神楽耶は夏休み最終日のあの日、智哉の部屋に忍び込んだ。『宙の王(そらのおう)』を回収・封印できないという予想外の事態に動揺し、智哉を起こしてしまった。てっきり自分がいたことが智哉に気づかれたものだと思っていた。


 それだけに、休み明けの今日、智哉の方から何か言ってくるだろうと身構えていた。下手をすれば、自分の正体を明かすことになるかもしれないと覚悟さえした。そう思って、授業開始からずっと智哉の様子を観察していたのだが、智哉は何事もなかったように平然としていた。


 放課後の智哉と俊之の会話にも注意していた。尤も互いの席は教室の端と端だったから神楽耶が聞けたのは、所々単語が断片的に聞こえる程度にしか過ぎなかった。


 それでも、神楽耶はエミットできなかった手掛かりでも少しでも掴めないかと、耳を聳てていた。その甲斐もあって、幸運にも神楽耶はキーワードの断片を拾う事ができた。


(宙の王……ブロック……)


 神楽耶の心に疑念が膨らむ。


 こちらの世界にきてから、友達の女子生徒との会話でそれとなく『情報思念体』や『エミット』について探ってはいた。彼女がこの時点で得た情報は、この世界では『情報思念体』のことを「レイコン」或いは「タマシイ」と呼んでいること、エミットは『クレスト』ではなく『ニンギョウ』に行うということ、そして、『タマシイヲコメル』がエミットと同義の言葉だということなどだったが、誰がどのようにエミットを行うかまではまだ分からなかった。


 尤も神楽耶が得た情報が今一つズレていたのは、情報ソースが怪談話だったからかもしれない。


(きっと彼もエミッタ―に違いないわ)


 神楽耶は智哉もエミット能力者だと確信していた。人は他人を推し量るとき、自分を基準に考えてしまうものだ。この時の神楽耶が正にそれだった。神楽耶は元の世界でも極僅かしかいないエミット能力者だったが、こちらの世界でもエミット能力者が当然いるのだと思い込んだ。


(こちらの世界にはテレポーターはいなさそうだけれど、エミットの方は日常会話でも出てくる。もしかしたらエミットについてはこちらの世界の方が進んでいるのかもしれないわ……彼はブロックと言ってたけれど、まさかあれも……)


 生物の魂を引っ張り出して封印するエミット。こちらの世界の方が進んでいるのなら、それをブロックする方法だってあってもおかしくない。神楽耶はそう推測した。智哉は単にゲームの話をしていただけなのだが、ゲームをやらない神楽耶にはそうだと気付く材料は持っていなかった。


 残された時間はそう多くない。エミットできなかった原因を早く突き止めねば……。このままでは埒が開かない。神楽耶の心の奥底に捨てられる恐怖が頭をもたげた。


(彼を問い質す必要がありそうね……)


 神楽耶は静かに決意を固めた。



◇◇◇



 あの日、不良三人組の餌食になったのが誰だったのか、智哉は翌々日の朝に知った。


「よう、秀才、元気か」


 昨日突然学校を休んだ俊之が痛々しい姿で現れた。頬は青く腫れ上がり、左目はパンダのように黒い痣で覆われていた。俊之は風邪でもないのにマスクをしていたが、きっとその下にも傷があることは明らかだった。


「俊之、お前……」


 俊之はへへっと笑って席についた。


「それもしかして……」


 智哉は後ろを振り向いて俊之に確認したが、その答えは予想通りだった。


「ああ、お前のいっていた不良達だ。なんとか妹を逃がしたまではよかったんだけど、ま、ごらんのとおりさ。流石に三対一じゃな。こんなもんだ。……神楽耶ちゃんがいてくれればよかったかもしれないけどな」


 俊之はそう言って、教室の反対側で友達と談笑している神楽耶を横目で見た。


 俊之の目線に釣られて、智哉も神楽耶を見たのだが、『かぐや姫親衛隊』の何人かとお喋りしていた神楽耶は二人が見ていることには気づいていないようだった。


「でもパンチ一発はかましてやったぜ」


俊之は、目線を智哉に戻すと、右フックの形を作って、少し得意気に答えてみせる。


「よく、やつらに立ち向かったね」

「可愛い妹を守るためじゃん。当たり前だろ」


 俊之は不思議そうに智哉の顔をみて言った。


「そ、そうだね。偉いよ、俊之は」


 そういって誤魔化した智哉だったが、内心は落ち込んでいた。あの時やられていたのが選りによって俊之だったなんて。あの場にいた癖に、関係ないと逃げ出した自分が恥ずかしかった。


「みんな、席につけ。緊急のホームルームをする」


 担任の渡部が教室に入るなり、そういった。もちろん中身が俊之のことであるのは明白だった。


 緊急のホームルームでは、登下校に十分注意すること、何かあったら、学校や両親に相談すること、黙っていてはいけないこと等々、至極当たり前の注意事項が徹底された。


 生徒達は静かに聞いていたが、智哉は半分上の空だった。


(もし、あの時、やられていたのが父さんや母さんだったら、僕は助けにいっただろうか、それとも逃げただろうか)


 智哉は頭を振った。


(父さんや母さんなら、きっと僕に逃げろっていうだろう。でもそれで逃げちゃっていいのか……)


 智哉は、兄の裕也ならどうするだろうかと思いを巡らした。


(兄さんなら合気道で、あんな奴ら一捻りしちゃうんだろうな……)


 裕也は、小学生の時分から合気道を習っていた。もうかれこれ十年以上になる。今では師範代の代わりを務めることがある程の腕前だ。もちろん、智哉も小学校に上がった時に、同じ道場に通ったのだが、一年も経たずに辞めてしまった。


(僕は兄さんに何一つ敵うものがない……)


 ホームルームが終わって授業が始まってからも智哉の心は深く沈んだままだった。あの時、周りの人に声を掛けていれば、こんなことにはならなかったかもしれないのに、と智哉は自分を責めた。俊之はそんな智哉を見かねたのか、気丈に振舞い、いつもと同じ調子で声をかけてくれていたのだが、それが一層、智哉を苦しめた。


 放課後、病院に検査にいくといって俊之は早々に帰ったのだが、智哉はあの場に自分もいたとはとうとう言い出せなかった。


 溜息をついて、帰り支度を始める。そんな智哉の目の前に影が落ちた。ふと見上げると神楽耶が立っていた。


「桐生君、少し時間貰えないかしら」

「え?」


 智哉は夏休みが明ける日の朝にあった出来事などすっかり忘れていた。

  

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