失踪の第一被害者
美喜の母親は私をリビングへ通すとポツリ、ポツリと語り始めた。言葉は弱々しく、息を吹きかけるだけで倒れてしまいそうなジェンガを彷彿とさせた。
「あの日、美喜は六時頃に帰宅したわ。部活がある日はいつもそのくらいの時間に帰宅していたわ」
「ただいまー」
「おかえりなさい。すぐに夕飯の支度するからちょっと待ってて」
「うんー。少し疲れたから部屋で寝てるー。ご飯できたら起こてー」
いつもと変わらなかった。何ひとつとして異変はなかった。平和な日常そのものだった。だが無情にも事件は起こってしまう。
「美喜、ご飯できたわよ」
部屋の外から声をかけるが返事はない。部活で忙しく、きっと深い眠りについているのだろう。
そう思い母親は部屋の扉を開けて中に入り、美喜を驚かそうと布団を勢いよくめくった。
「ほら! ご飯で来たわよ!」
そういうつもりだったが言葉が最後まで発されることはなかった。当然のようにそこにいると思っていた娘の姿、美喜がいなかったのだ。部屋を見回してみると鏡の前にクシャクシャになった美喜の制服が重なるように置いてあった。
「単純に制服から着替えて、どこかへ出かけたとは考えなかったんですか?」
母親が少しムッとしたのを見て私は心の中で「しまった」と焦りを感じた。あまり機嫌を損ねるとせっかく話す気になってくれたのに話しを聞くチャンスが潰えてしまう。
だが美喜の母親は私の予想していたように怒ることはなく、諦めたようにため息をついた。
「何度も考えたわ。知り合いに何人も電話したり、あの子が行きそうな場所を探したりいろいろしてみたけど結局見つからなかった」
母親は涙を下瞼に溜めながら答えた。娘の突然の失踪に心を傷めているのだろう。それに加えマスコミが良いネタを見つけたと言わんばかりにワラワラと群がってきたのだ。疲弊するのも無理はない。この母親のためにも、一刻も早く美喜を見つけ出して連れ戻さなければ。
「お母さん、すみませんが美喜の部屋を見せてもらってもいいですか?」