食欲魔神
ステイルは半身のまま、どこかから小さな鍵をとりだすと、空間に突き刺した。
するとどこからともなく白い箱が現れエレベーターのように扉が開く。
乗ってもいいのか怪しいので乗らずにいるとグイグイと後ろからステイルが押してくる。
「はーやーくー乗ってー」
押されるまま白い箱に乗り込むとポーンと音が鳴った。
『ユキサキハドチラデスカ?』
ボカロ声とでも言うのだろうか?
無機質な声が白い箱のなかに響くとガシャンとキーボードが床から出てきた。
するとカタカタと触れもしないのに打ち込まれる。
「なぁ…それどうなってんの?」
「ん?」
「うわっ、無いほうの顔見せんな!」
「む~、そうはいってもシュウのせいでなくなったんだからね」
………………何も言えない。
気まずくなってとりあえず上を見る。白い天井があるだけで特に何があるというわけではないのだがなんとなく上を見ていた。
「ねーねー何見てんの~?」
宙を半身のステイルが横切る。
特に何も、と答えると難しい顔をして考え込む。
「やっぱり人間のことはわからないなぁ~、僕だったらそんな無駄なことしないもん」
そんなことを言いながらステイルは深く考え込む。
「だいたい、基礎データもないのに構築できるのかわかんないからなぁ…」
俺はそのつぶやく言葉の意味がさっぱりでとりあえずステイルのいないほうの宙に視線を飛ばす。
するとそれに気が付いたステイルがまた視界に入ってくる。
俺は眉間にしわを寄せるとステイルのいない空間を探して視線を泳がせる。
しかし、この狭い箱の中ではステイルにつかまらない場所など皆無でどこに目線を泳がせようとステイルの姿が映る。
ステイルを視界の外に追い出す作業に専念していると箱の中に音が響く。
『モクテキチニ トウチャクシマシタ。コノ フィールドハ セイゲンヲ モウケラレテ オリマセン』
そういうとチーンと音が鳴り、扉が開く。
「さぁ、ついたよ」
そういってステイルは俺の体をぐいぐい押し出す。
俺が出ないでこのままいるとでも思ったのだろうか?
一歩箱から足を踏み出すとさまざまな喧騒が聞こえてくる。
笑い声や足音、そして何より…
「うまそうだなぁ」
あたり一面とても美味しそうな匂いで満たされている。これがデータの世界とは思えないほどさまざまな匂いで満たされており、その匂いの発信元である食べ物を高らかに笑いながら頬張る人間の姿。
「なぁステイル、腹減った」
「何食べたい?」
そういうと俺の手をその短い手で握る。
反射的に握られた手を見る。すると自分の姿がいつも見慣れた姿に戻っているのがわかった。
そしてステイルの言っていた≪まぁ、別のウェブにも合わせて行動できるようにプログラムしたからヒューマンモデルにもなるけどね。でも、ここではその姿じゃないと動けないんだよ≫と言っていた意味が分かった。
つまり、制限とやらがかかっていなければ俺は人の姿でいられるというわけなのだろう。
しかし、ステイルはイルカのままである。ステイルにとってはあれがデフォルトなのだろう。
「たこ焼き? お好み焼き? うどん? ラーメン? 丼もの? 何がいい? ここなら何でもあるよ?」
何がいい?と俺に聞いてきたがステイルの視線は焼肉屋に向いている。
イルカなのに肉を食いたいのか…。魚じゃないのか…。
「焼肉食べたいなぁ…」
いよいよ我慢できなくなったのかステイルの口からそんな言葉が漏れる。
「……じゃあ焼肉食べよう」
さっき助けられたんだしまぁいいかと思いながらステイルの言葉に素直に賛成する。
ぱぁぁぁ~と嬉しそうに笑顔になるステイル。……半身のままで。
「なぁ…いい加減その半分のままでいるのどうにかできないか?」
「え~めんどくさいなぁ~」
そういいながら店の中に入っていく。中からとてもいい匂いがしてきた。肉の焼ける香ばしい匂いにタレの甘い匂い…。
自然と涎が口内に溜まっていく。そしてステイルはカウンターを通り過ぎて鉄板のついたテーブルのある座敷に上がる。
「おやっさーん、コード肉とデータ鳥、あとワクチンサイダーを二人前~」
「おぅ、ステイルじゃねぇか。ここんとこ見ねぇと思ってたらどしたい、その体……」
厳ついおじさんがステイルの体を舐めるように見る。
しかし、その見ている間に「四本」の腕がせわしなく肉を断ち切る。……もう驚きません。
「って言うか肉だけじゃなく野菜も食いねぇ! お前さん毎回肉ばっかりじゃねぇか!」
「え~、だっておいしくないし…」
「うるせい、バランス考えて食いやがれ!フリーズしてもしらねぇぞ!」
ふとおやっさんと呼ばれた四本の腕を持つ人と目が合う。
俺はあんまりかかわりを持ちたくないので目をそらす。
「お前さんは…見ねぇ顔だな…よっしゃサービスしたる!」
「やったぁ、おやっさんのおごり?」
「手前には野菜だけサービスしたる」
「うぇぇぇ…そんなぁ…」
そういうとおやっさんはとりあえずサイダーでも飲んで待ってろと言い残し奥のほうに引っ込む。
そして目の前ではいかにも野菜いやだなぁと言わんばかりの表情を作るステイルの姿。
目の前に置かれた炭酸飲料はいつも飲んでいたサイダーと何ら変わりなくプチプチと弾けている。
「飲まないの? おいしいよ?」
そういいながらステイルはバックアップが入ってるというUSBをくにくに弄り回す。
するとUSBが宙に浮き、尻尾の先端に突き刺さる。
「領域の一部をリセット、バックアップファイルから再読み込み、インストール時間目安…約5分」
「おい、ステイル…何してんだ?」
「インストール中……」
「お~い…」
「インストール中……」
何を言ってもインストール中としか言わないので仕方なく手元の炭酸飲料を一口飲んでみる。
唇に触れた瞬間ぱちぱちと弾ける気泡。
まぁ、飲んでも問題は無いだろう。
「ゲフッ、カハッ…!」
なんだこれ…、炭酸なんてもじゃない。喉で弾けるさまはまるで小さな爆弾、飲み込む際に際立つのは薬のような味。
俺は吐き出しそうになったものを何とか飲み下し、そっとテーブルの上に残りを戻す。
「へい、お待ちィ!…ってなんでぇ、インストール中じゃねえか」
「あの、インストールって何ですか?」
「なんでぇ、お前さん今時そんなことも知らねえのかい?」
「いや、あの…俺人間なんで」
おやっさんはきょとんとした表情で俺の顔を見ていると思ったら思いっきり笑い出した。
「わっはっはっ、こりゃあ驚いた。こいつめ、本当にやりおったわ」
こつんと全く動かないステイルの頭を小突くとまた大声で笑い出す。
「そうだな、人間なら分かんねえことのほうが多いよな。そりゃそうだ、あっはっはっ、今日は大盤振舞だ。お前ら今日は俺の驕りだ! 食え、飲め、騒げぃ!」
店の奥のほうにおやっさんが声を張り上げるとおおおおお!と地響きのような騒ぎ声が聞こえた。思いのほかお客がいるようだ
するとステイルのほうからポーンと音がする。
「おやっさん、それ本当?」
「おう、男に二言はねえ!……お前はまず野菜からだがな」
「やぁぁぁぁぁぁあ~…」
そしてあっという間に俺のほうには肉の山が、ステイルの前には野菜と様々なドレッシングの山ができた。
さぁ、食え!とばかりに次から次へと四本の腕で俺の皿に肉を乗せていく。
「いいなぁ~、僕もお肉食べたいなぁ~」
俺が皿に置かれていく肉をパクついていると羨ましそうにレタスらしき野菜を長く伸びた口に運びながらステイルが言う。
もそもそと口を動かしながらジトーッとべったり纏わりつく視線を向けてくる。
うわぁ…食べにくい。
「うるせ、手前はまず野菜を食え!」
おやっさんが一括。は~いと大人しく口にキュウリらしきものを運ぶステイル。
「で…お前さん名前はなんて言うんだい?」
「シュウって言います」
「シュウ…シュウか…なんか普通だな」
おやっさんは肉を焼きながら変なことを呟く。
普通って…。
「いや、別にいい名前なんだがよ、今人間はキラキラネームとやらが流行ってるんだろう? だからよ、どんな名前か気になってよ」
そういってほらよと皿に肉を放り込んでくる。
しかし、いい加減腹が膨れてきた。
「あの、もう…」
「シュウ、もうおなか一杯だって。だから僕に頂戴?」
「なんでお前がそんなことわかるんでい!」
「だってシュウは僕が構築したプログラムだもん、僕はシュウが思ったこと考えたこと全て丸っとお見通しだよ?」
だからチョ~ダイ?と可愛く前ヒレを前に突き出してステイルは言う。
それは俺に言っているのかそれえともおやっさんに言っているのかわからないがさらっとすごいことを言いやがった。
俺には考えることのプライバシーはないようだ。
おやっさんは俺がお腹いっぱいになったことで肉を焼くのをやめ、網を交換するのか奥のほうに入っていった。。
「シュウはそんなこと言うけど僕にしてみたらその考えるっていうことはとてもすごいことなんだよ? 僕は今、こうやってものを食べているでしょう?」
俺は心を見られていたことに若干のいら立ちを覚えたがまぁ、大したことではないので首を縦に振る。
「これだって僕に搭載されているプログラムによってしなければいけないことなんだよ。だいたいこんなプログラムがなければお金もいらないんだけどね。そもそも僕らはまず考えることだってしないはずなんだ。プログラムされた0と1の羅列を読み取ってそのまま行動に移すだけのはずだったんだ。僕が考えるようになったのはシュウたち人間がAIソフトとか人工知能とかを作り出してからであって……それで・・・そのため・・・・・であるからして・・・・・・・・・・」
…話が難しくなってきたので俺は頭の中を空にして何気なく手元にあったサイダーに手を伸ばす。
口元に持っていってふとさっき一口飲んだ時のことを思い出す。
すっと元の位置に戻すとステイルと目が合った。
「…もう、話聞いてないし…。サイダー口に合わなかった?」
「まぁ」
するとステイルは俺のところにあったサイダーを一気に飲み干した。
「おいしいのにぃィィィ⁉」
ビクンとステイルが体を強張らせるとぱたりと動かなくなってしまった。
「ちょ、ステイル、どうした?」
「ありゃ、ワクチン多すぎたか?」
おやっさんが笑いながらバリウムのような真っ白くねっとりした液体をコップ一杯分持ってきた。
そりゃとステイルの口の中にその液体を流し込む。
「ゲホッゲホッ…死ぬかと思った…」
「わりィわりィ、配分まちがっちまったぜ!」
「笑い事じゃないよ…もう」
そう言って何気なく俺の皿の上から肉を掬いとる。
しかし、おやっさんのチョップがステイルの箸を叩き飛ばす。
「てめぇはまず野菜を食え」
「ちぇー、いいじゃんシュウはお腹一杯なんだし……ケチ!」
「へっ、ケチで結構、コケコッコー!」
「むー…!」
で、なんやかんやあったけど賑やかに食べ終わることができた。
店から出る頃には奥にいた筈の客たちもいつの間にかいなくなっていた。
「おやっさんのせいで大してお肉食べられなかったじゃん!」
「けっ、てめぇの身体を気にしてやってるのに怒られちゃたまったもんじゃねぇな!」
「大きなお世話!」
俺はステイルの横でおやっさんとのやり取りを笑いながら聞いている。最初の方こそ本当に怒っているんじゃないかと疑っていたものだが、おやっさんの顔は笑っているのでいつもの事なのだろう。
「……なぁ、話変わるけどよ。……ステイル、お前も気を付けろよ?」
「……うん」
急に話が変わっておやっさんもステイルも真剣な顔になる。
気を付けるというのはあのウイルスの事だろうか?
ステイルはおやっさんもね。と言いお互いに何かお守りの様な小さい物を交換した。
「ほら、シュウのもな」
「これは?」
「ワクチンの塊だ、まぁ効果は大したことないが無いよりましさ」
そのあと、おやっさんと別れたのだが……
「ねぇ、今度はお好み焼き食べない?」
……正直、こいつの胃袋はどうなっているのだろうかと本気で呆れたのだった……。
ID:J4m585725mーーー
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……………………………………すんません。
まぁ、こんな感じです。