冷たい指
目を覚ますと、目の前に省吾の顔があった。酷く心配した様子で、いつもの余裕は感じられなかった。
「お兄ちゃん…」
私はそっと省吾の髪を撫でた。
「美紀、大丈夫なのか?」
「うん。少し疲れてたのかなぁ」
「でも凄いうなされてたぞ?それに…利明って、何回も呼んでた」
私はドキッとした。
「…実は…」
いきさつを話すと、省吾の顔がみるみる青ざめていくのが分かった。
「美紀…驚かないで聞いてくれよ」
「え?」
「幼馴染みだと思っているその利明って子は、美紀の実の兄だ」
言葉の意味が理解出来ず、私の目は右往左往した。
「な、何言ってるの?私の兄弟は省吾お兄ちゃんだけだよ」
私は省吾の腕を掴んで抗議した。
「美紀は覚えていないかもしれないけど、父さんと母さんが結婚する直前、美紀には実の兄がいたんだ。でも彼は病弱で、父さんと病院に会いに行った時も、ベッドの上で眠っていた。そんな彼の側で美紀は悲しそうにうつ向いてた。でも彼が目を覚ますと、それは喜んで話しかけていた。だから母さんは彼を幼馴染みだということにして、すこしでも悲しみを和らげようとしたんだ。それを見たら、何だか彼が疎ましく思えて……どうせ死ぬんだからって…俺…彼の呼吸器を外したんだ。そして彼はそのまま…」
その先の言葉を濁したまま、省吾は黙りこんでしまった。
「死んだのね」
私は震える唇から、言葉を絞り出した。
省吾はしばらく黙り、やがてゆっくりと、頷いた。
「こんな俺は、美紀を愛する資格なんて無い」
省吾は顔を伏せ、涙を流していた。
「ごめん…美紀」
省吾は何度もそう言って、私の手を強く握った。
「…大丈夫だよ、私が好きなのはお兄ちゃんだけだから」
省吾の震える肩を、私はそっと抱き締めた。「う…ぅああ」
突然、省吾が唸り出したので、私は驚いて彼から離れた。
「う…美紀、ちゃ…んあ、あああああ!!」さっきまで握っていた省吾の手が、私の首を掴んだ。
その手は冷たかった。あの夢が脳裏をよぎる。
「くぁ…」
省吾の冷たい指が、私の首に食い込む。
「美紀ちゃん、僕だよ、利明だよぉ」
省吾の顔が笑っていた。
「僕の事を忘れて、この男を愛するだなんて…ひどいよ」
「と、利明く…ぁ」
バキッ
と骨の折れる音がした。
しかし、それは私のものでは無かった。
省吾の首が異様な方向に曲がっている。
メキメキメキ…
「いや…」
グキャッ
ゴトンと、省吾の首が床に転がった。首の根元からは血が吹き出し、私の顔にかかった。
「いやあああ!!!」
いつの間にか首を絞めていた省吾の手は離れ、体ごと床に倒れていた。
「おにいちゃああぁん」
私はむせび泣いた。
「どうして、こんなことになってしまったの?」
「それは美紀ちゃんのせいだよ」
背後から声がして、私はゆっくりとその方向に体を向けた。
そこには、利明君が立っていた。
「一緒に行こう」
そう言って、彼は私にナイフを振り下ろした。
END