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冷たい指  作者: 尼崎楓
3/4

記憶

「分かった。」

省吾は私を抱きかかえ、バスルームに向かった。

脱衣所に入ると、省吾はゆっくり私を下ろした。

「あれ?美紀、シャワー使った?」

省吾はいぶかしげに私を見た。

「え?何で?」

「浴室に熱気がこもってるんだ。さっきまで誰かが使ってたみたいに」

私はハッとした。

さっきのシャワーの音、聞き間違いじゃなかったのかもしれない。

でも、誰が?


「き、気のせいじゃない?」

「そうかなぁ…まぁいいや。そんなことより、美紀。服脱がせてあげる」

省吾は着ていたセーラー服のリボンに手をかけた。

衣擦れの音が脱衣所に響く。

やがて私は、一糸纏わぬ姿になって省吾の前に立った。

「綺麗だ…美紀」

省吾も裸で、私の体を抱きしめた。

どちらの鼓動か分からないほど、心臓はけたたましく脈打っている。

私を椅子に座らせると、省吾はボディソープをスポンジに染み込ませ、丹念に泡立て始めた。

背中に柔らかな泡が滑る。

「今日は最後までしてくれる?」

私は省吾を振り返って言った。

「何か、その言い方エロいな」

苦笑して省吾は言った。

「何で?私はお兄ちゃんの物になりたいよ」

そう言って、私は省吾の方に向き直ってキスした。

稚拙なリズムで、舌を絡ませる。

ほのかに香る煙草の匂い。

指が太股の内側を這う。

いやに冷たかった。

ふと、下腹部のあたりに目をやると、白く細い手が見えた。

「え…?」

明らかに、不自然な場所にあるその手は、私の太股を撫でるようにうごめいていた。

悲鳴をあげようとしたが、声が出ない。

背後で声がした。

「おいてかないで…美紀ちゃん」

まだ少年のあどけなさが残る声だった。

私は動けずに、涙目で省吾を見ていた。

「美紀?」

異変に気付いたのか、省吾は目の前に手をかざして、何度も私の名前を呼んでいた。


「利明君………」無意識にそう呟いた途端、私は気を失ってしまった。








利明君は、私の小学生の頃の友達だった。体が弱く、いつも私の後をついて歩いていた。

そして私達はある約束をした。

果たされることのない約束を。


気付くと、あの夢の中にいた。

でも、いつもと状況が違っていた。


まわりは暗闇ではなく、旧校舎の中だった。それなのに私はあの悪夢の中だと確信していた。

新校舎との境目の出入口が見える廊下の真ん中で、ぽつんと立っていると、どこからか足音がした。

せわしなく走り回る二つの足音と、女の子と男の子の喋り声。

「美紀ちゃーん、待ってよー」

聞き覚えのある声に、背筋が凍った。

「とし君遅いよお。授業遅れちゃう」

私の目の前を十歳の私と、あの少年が走り抜ける。

私が立っているのが見えないのか、何の反応も見せなかった。


私は慌てて二人を追った。

「だって、僕走っちゃダメってお医者さんに言われてるから…あっ」

「また転んだ!もお、ほらぁ、起きて!」


幼い頃の私とあの少年が、なぜ一緒にいるのだろう。

私はただその光景ぼんやりと見つめていた。

そして十歳の私は、少年の手を取り、走り始めた。

その瞬間、自分の手に少年の感触を感じた。

まるで、十歳の私と、今の私の感触がシンクロしたかのような感じだった。


そして何より驚いたのが、少年の手が温かかった事だ。

いつもの夢の中なら、彼の手は氷の様に冷たいのに、今シンクロして伝わってきているのは、人の温もりだった。



彼との約束。


「利明君!」


それは…




いつか結婚して、二人の子供を作ろうって…そんな大人びた約束を、利明君は無垢な笑顔で語っていた。


「利明君っっ!!」


私は声の限り叫んだ。きっと彼は、約束を守れなかった私を恨んでいるのだ。

だから今、彼に会って謝らなくちゃ…。

そう思った途端、足元がひび割れ、崩れ落ちた。暗闇へと、まっさかさまに落ちていく。私は短い叫び声をあげ、気を失った。



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