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サファイア






寝ぼけた眼で画面を見てから、左腕の腕時計を見て、飛び起きた。





わたしはいつもと変わらず、iPhoneを握り締めた侭寝てしまったようだ。




朝起きて、iPhoneが充電されていないのを確認して飛び起きた。昼の三時。





完全な遅刻だ。

しかも二度目の。









化粧を雑に済ませ、痛み切ったロングヘアを揺らしながら黒いおんぼろの軽自動車に乗り込む。

休憩用の弁当も持たず、充電されていない侭のiPhoneと仕事用の鞄を助手席に放り投げ、時速70キロで会社まで飛ばす。田舎の住宅街を飛び出し、少しずつ街に近づいて行く。

信号も黄色は無視。気をつけてる暇などない。警察に見つかれば、免許停止なのは承知の上だ。






それよりも遅刻の方が問題なのだ。

わたしの中では。








会社にはギリギリセーフ。

三時二十三分を指すシルバーの電波時計は母親からの贈り物だ。




制服を着て、業務に入る。

上司は遅刻ギリギリのわたしを面白くなさそうに見ていたが、それもまたわたしの会話術で機嫌を取る。



勿論、会話術と言っても、わたしは会話が得意ではないので、彼女の喜びそうな事を言っただけなのだけれど。








毎日が退屈だ。

わたしの仕事は、スキルも何もいらない、ちいさな旅館のエステの受付嬢。



フロントマンでもないので、アルバイトの経験があるだけで成り立つ仕事。







客のオーダーを聞いて、代金を頂き、エステティシャンに仕事を振り分ける。

ただ、それだけ。



幸せな事なのだろうが、職場内の雰囲気は良いし、皆表面上だけでも仲が良くて、仕事も楽な毎日が最近は物足りなく感じてきていた。安月給で深夜勤務。






最初は必死に顧客リストを覚えたりしていたのだが、半年もいれば常連の顔は覚えるし、それなりに仲良くもやれる。大の人見知りだが。





もっと、頭を使って給料が良くて。

胸を張って誇れる様な仕事がしたい。

数少ない友人とも会える時間が少ないのは辛い。


そう思い始めていた。





半年しか勤めていないのに、生意気だとは自分でも思うが。






いつも通りの業務。

一時間毎に大浴場の脱衣所の掃除に向かう。





まだ混む時間じゃないし、掃除も大して必要ない状態だが、形だけでも掃除をした。

床を掃いて、足マットを変え、洗面台を拭き上げ、使用済みの櫛を回収する。客が水を飲んでいたら、使い終えた紙コップも回収する。


ただ、それだけ。





こんな仕事をしていれば、男性の全裸にも見慣れるのに時間は掛からなかった。

男性は大抵苦手だし、初めは恥ずかしくなったりしたものだが。





わたしは大まかに掃除を終えて、洗面台掃除の作業に取り掛かろうと背を向けた瞬間、浴場内から男性客が出てくる。顔を見る事もなかったので、常連かな?と思いつつ、挨拶もしなかったので感じが悪いスタッフだなと自覚しながらも後にした。





作業を大まかに終えた頃、洗面台のある場所にいつの間にか先程の男性がいて、常連ではない事は確かで。



言い方は悪いが、冴えない、又は目に力のない男性は、わたしに話しかけて来たのだった。彼が浴衣を着るのが早いのか、わたしがもたもたしていたのかは定かではない。




「ありがとう。


今日は忙しいですか?」





ありがとう。ってわたし何の事に対してなのだろう、と思いつつも





いえいえ


なんて分かっていない癖、いい人ぶってしまう。自分の悪い所だ。何でも人に同調してしまう。




忙しいのか忙しくないのか。



客の話しかけてくる質問のパターンで一番多い質問だった。





お決まりの質問だなぁ。



そう思い、わたしは曖昧な感じで








まぁまぁですね。

でもこれからの時間は混みそうですよ。






と苦笑いをしながら答える。

正直混むかどうかなんて、わたし如きの下っ端にはわからない。

エステの注文が混めば、わたしも忙しいけどエステを受ける客がいなければわたしは暇人なのだ。




彼は、そうなんですか〜、とあっさりとした相槌。





沈黙が妙に気まずく感じてしまったわたしは彼に質問を返した。







出張ですか?






こんな辺鄙な所に来る客なんて大抵出張だ。分かり切っていた。けれどやっぱり無言が辛い。他人の顔色を伺ってしまうわたしの嫌な癖だ。






彼はあまり自分の事は話したくないのか

静かに話し出した。




話を聞くとこうだ。



彼は都会から出張で来ていたらしく、しかもこれから毎週来なくてはならないらしい。





こんな田舎に来てもつまらないだろうなとわたしは同情した。仕事なのだから仕方が無いと言ってしまえばそこまでなのだけれど。




何のお仕事をされているんですか?




こんな話を振れば、大抵の男は自慢の様に自分の仕事をべらべらと話し出すのだが、この男は違った。言いたくなさそうな顔をして、身元がばれるのを嫌そうにしたので、わたしも面倒臭い事をしてしまったと思い、気まずい雰囲気をまた背負いながら、そそくさと逃げるように脱衣所を出た。









彼とわたしの出会いは、そんな気まずさを含んだ会話から始まったのだった。


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