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3話 デジタル化のおタク話

 どうして日本人はあらゆるもののデジタル化に心血を注ぐのだろう?

 データが現実に飛び出てくるわけでも、自分がコンピュータの中に入れるというわけでもないのに。

 ――ある海外掲示板に書き込まれた元海外留学生の言葉(和訳)



        〇



 極楽。

 もしこの窓一枚を隔てた向こう側を灼熱地獄と称すのであれば、ここはまさに極楽であった。

 暦の上では雨季に入ったらしいのに、本当、高天原におわす天照大神様は働き者だ。

 ただ、そんな天照大神様はどうも嫉妬深いらしい。自分は仕事をこなしながらもパソコンの上におわすオレの嫁たち(フィギュア)嫉妬の眼光(しがいせん)を向けてくる。

 一瞬、ドラマによくいるお局様のイメージが脳裏を掠めた。

「……夜まで出張(ひなん)させてやるか」

 ぼそりとつぶやき、こういうときの出張先であるクローゼットを開け放つ。

 ――その瞬間、クローゼットの中で、箱の中に入ったまま、オレを恨みがましく()め上げてくる愛人たち(ビデオボックス)と目があった。

「……やべぇ、すっかり忘れてた」

 明日は月曜日なのに、今夜は眠れそうにない。



「ちゃーす! エリにぃこれみてー! 最新型の携帯タブレットだよー!」

 結構昔に購入したビデオボックスに封入されていた初回特典のオマケ冊子を読んでいると、我が幼なじみ様はいつものようにドアをノックもせずに入り込む。

「またかよ……」

 はぁ、と深いため息。

 しかし、今日のオレは一味違う。

 先週のような悲劇を繰り返さぬため、暑いのを我慢しながら小豆色のジャージを着込んでいるのだ。

 だが、その光景が彼女にとっては異質に見えたらしい。

「エリにぃが服着てる!? パソコンしてない!? お人形がない!? インテリチックに本なんて読んでるぅ!?」

「恵利ちゃんの中のオレはどうなってるんだよ……」

 もしかして変態か? 泣くぞ?

「お、お義母様! お義母様ぁ!?」

「そこまで!?」



        〇



 ――まず、これから書く記事の感想欄にモゲロって書くのと精神病院のURL貼るの禁止な?

 幼なじみ様の話をするたびに「そんなラノベみたいなパーフェクト幼なじみ実在しねぇ」とか言いやがって。残念なことにこの若干頭の悪い幼なじみ様は実在の人物だよバカヤロウ。

 いや、それより聞いてくれよ兄弟。部屋で初回特典の小冊子を読んでたら幼なじみ様が発狂した。

 なにをいってるかわかんねぇと思うが、オレにもわかんねぇよ。

 というか、幼なじみ様はどうやらオレがアイスとコーラが主食で、呼吸をするためにパソコンをしているとか考えていたらしい。

 先週、幼なじみ様の教育について彼女の母親と熱く語り合ったばかりだというのに、どういうことなの……?



「エリにぃ、アタシが来るといっつもブログ更新してるね~」

 それは、あなたが来るたびに衝撃的な出来事を持ってくるからです、はい。

 どうにか再起動した幼なじみ様を対面に座らせ、オレはベッドの上でちまちまとブログを更新する。

「それより、今日は何の用? オレはまた講義でもしなきゃならないの?」

「あ! そうそう! これ見てよエリにぃ! 最新型の携帯タブレットだよ~! この中にマンガが三万冊も入るんだってさ! いまやアタシ、ちょっとした図書館! やっぱ流行はデジタルだよね~!」

 その言葉を聴いた瞬間、オレは一瞬だけ口をへの字にまげる。

「そうだね、すごいや恵利ちゃん!」

 が、あえて波風立てまい。下がり落ちた口端を強引に持ち上げる。

「……エリにぃ~?」

 だが、そんな一瞬の顔の変化を見逃さないのが我が幼なじみ様である。

「アタシ~、うっかりお父さんにメールを送っちゃいそうだな~? 『今日は大丈夫な日ダヨ、お兄ちゃん!』っていう内容の」

「喜んで御説明させていただきますお姫さま」

 ――なお、恵利ちゃんのお父さんは、彼女とは唯一垂れ下がった目元が似ているだけの、ヒグマのような禿頭(とくとう)男です。



        〇



「さて」

 最近、この言葉が口癖になってきた気がする。

「今回は恵利ちゃんがもってきた携帯タブレットのマンガ……いわゆるアナログ書籍の電子化について説明しよう」

「わ~!」

 無理に盛り上げなくていいからね?

「そもそも電子化、すなわち活字をデジタル化して携帯電話やパソコンのモニタで読む、という考え方自体はコンピュータというものが出てきた時点ですでにあったんだ」

 なお、有史上最も古い記録は一九九〇年に発表された小型の専用機器であり、これは八センチCDを使用しての電子ブックプレイヤー『データディスクマン』という。販売元はソニー社である。

「これの利点はとにかく場所をとらないことと、携帯性に優れていることだ。本の一、二冊程度ならさほど変わらないだろうけど、これが十冊、二十冊と増えるごとにその有用性は目に見えて明らかになる」

 しかし、CDやDVD、BDなど、いわゆるデジタルデータ記憶媒体は紙のそれと比べて保存が難しく、データの保持は二十年ほどしか持たないという欠点があげられる。

 逆にコピーは簡単なので、嘘か真か最近では著作権などを考えなければ製造コストは百円をきるとまで言われている。

「ただし、今もそうだけど、当時の最新技術としてはさっぱり流行らなかった」

「え? なんで?」

「それは、日本が地震大国だからだよ」

 これがアメリカとかだったら違ったんだろう。

 しかし、日本はこれまで何度か発電所が止まるような震災に見舞われてきていた。

「当時から言われていたんだけど、『電気がなければただの板』なんだよね」

 一昨年、ついに発電効率が六割を超えるソーラーパネルが発表された。

 また、そのさらに前には理論上震度七で発生する災害にも耐えられる発電施設が完成した。

 しかし、それでも我々日本人の半数以上のライフラインが電気、ガス、水道の三つから変化しないのはこのためだ。

 最近ではさらに貯蓄タンクや発電機を併用し、それらを自給できる念の入った公共施設をつくるという話を聞いた。

 それほどまでに日本は地震災害を恐れ、企業などの組織はもとより個人ですら『もしも』を想定して日々の準備を怠らないのである。

 ……なお、あまり関係のない話だが、家電技術で世界のトップクラスに位置する日本が、唯一、諸外国に劣っているのがオール電化のシステムキッチンだったりする。

 日本の場合そのほとんどが火気厳禁の施設向けに作られているため、個人住宅の趣向には合わないのだとか。

「まあ、どっちにしろ、アナログが駆逐されることは絶対にないだろうね」

 世にあらゆる書籍が出続ける限り、日本の印刷業者の未来は今日も安泰である。



「そーいえばさー、エリにぃ」

「なに?」

「最近のタブレットには立体表示機能ってあるよね?」

「たしかにあるね」

 なお、ここで言う立体表示は空中投影技術ではなく立体視のことを指し、わりと昔からある技術である。

 そして彼女が言う立体表示機能とは、厳密に言えば立体視とセンサーを併用して行う立体操作機能のことだ。

 恵利ちゃん、説明書はきちんと読もうね?

「こう、空中にさ、モニターがびゅぅんっ! って表示されるのはかっこいいんだけど、なんで他人には見えないの? 他人から見たら空気をかき混ぜてるみたいでなんだかかっこわるいじゃん?」

 まず今の恵利ちゃんに必要なのは小学生レベルの理科であることを指摘したい。

 もう高校生でしょうに。

「とりあえず、恵利ちゃん。どうして人は目が見えるか、理解してる?」

「えっと、目があって、そこに光が入って、そんで像を結ぶから?」

 小学生並みの解答をありがとう。

 でも高校生なんだし、もう少し詳しく答えてもいいんじゃないだろうか?

 まこと彼女の健全なる学生生活が心配になる光景だった。

「……あれ? それじゃあ失明した人ってなんで目が見えないの?」

「いろいろあるんだよ」

 専門が専門なのでそれについては詳しくないが、疾患や事故などで網膜や視神経が正常に機能しなくなったりとか、水晶体がにごったりとか、本当にいろいろあるので一概にこれとはいえなかったりする。

 まあ、最近はVR技術のおかげで補聴器ならぬ補視器が販売されているそうだ。

 ただし、脳の視覚野に障害があったりすると見えないし、それにVR機器自体が特殊な医療機器なので、法令とあいまって日本で使われることは現状ありえないとかなんとか。

 閑話休題。

「一応、立体映像を空中に投影する技術は存在しているよ? 空中投影技術だね。よく大型イベント時に浮遊モニュメントとして使われているヤツだ」

「な~んだ、じゃあそれをタブレットに組み込めばいいんだね?」

「ただ、まず片手じゃ持ち上げられないし、触れたとたん指が焼け(ただ)れるけどね?」

「えっ!?」

 当然だ。そもそもの原理が二方向からレーザー光を空中に放出、焦点を結ばせて空気中の酸素や窒素などを元にプラズマ励起させ、発光させるのである。

 ちなみに、プラズマ励起といかつく表現したが、実際は蛍光灯の発光原理とほとんど変わらない。実際に計測したことはないが、空中投影時の温度もそれくらいだろう。

 が、プラズマ励起させるほどのエネルギーを空中に放出するため、レーザーや空中の光源に直に触れれば当然、やけどするはずである。

 さらには使用されるレーザーもそこそこ高出力なので、レーザーが目に入れば網膜が焼ききれる可能性があるのだ。

 ゆえにそういうイベントで使用される空中投影機の周りにはガラスや樹脂製の箱で封がなされ、人が触ったり覗き込んだりできないようになってたりする。

 そしてこの方式だと、画質やビットレートをあげようとすればするほど大掛かりになってしまうので、片手で持つなど論外だろう。

「結局のところ、そのタブレットみたいな方式が一番安全なんだよ?」

 ついでに言うと立体視に必要なのは一枚の特殊フィルムと専用のプログラムだけだから、空中投影装置よりはるかに安く量産が利くのも利点である。

 大体、携帯電話とかタブレットとかの操作画面をのぞき見られるほど不快なことはないだろうに。

 つまり、立体視を利用した立体操作機能は不完全のようで、その実ユーザーのことを考え抜かれて完成した技術である、ということだ。

 第一、不完全な技術が大衆化し量産化され商品化されるということはまずないのだから当然といえば当然である。

「ところで、その立体操作機能は目を酷使するから、視力が下がる危険性があるということを紹介して、今回の講義の締めとさせてもらおうか」

「それ、アタシが使う前に言ってよー、も~……」

※念のため

 頭の海外掲示板の発言は創作

 ~ソニー社までが事実

 それ以降が作者の妄想


 なお、レーザーによるプラズマ励起を利用した空中投影技術は実在する

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