2話 ロボットのおタク話
日本は世界有数の技術大国なのではない。
世界で唯一のロボット大国なのだ。
――ある海外掲示板に書き込まれた設計技師の言葉(和訳)
〇
鍋の底、蒸し器の中、鉄板の上。
表現方法に枚挙の暇はないが、とにかくそれらに共通している言葉はただ一点。
「……暑い」
こんな日はパソコンの上に居られる嫁たちも心なしか頭を垂れているように見えてしまうから不思議である。
しかし、残念なことに今日はまだ冷房を効かせることはできない。なぜならば夏の暑さを排除してくれる救世主、エアコン様はただいま停電のために沈黙しているからだ。
……どうやら、昨日の落雷でここ一帯に電気を供給している送電施設が故障してしまったらしい。昨日の夜は消防車が東奔西走するわ警察が交通整理で騒ぎ出すわで寝不足になり、朝起きたら起きたで電気がつかないことに大わらわ。
なお、一時間前にやってきた電力会社の広報車曰く、復旧は昼過ぎだとか。
あまりの暑さにいつものオヤジスタイルからさらに一歩進化して、パンツ一枚という原始人スタイル。
今日が休日でホント良かったと、七日目を休日に定めた神様に感謝。
「あー……プール行こうかなぁ? でもなー、こんでるだろーなー……」
幸いにして我が家はオール電化ではない。
どうせプールに行ったところで泳がないなら、いっそのことウチで水風呂にでも入って涼でもとろう。などと心算をつけて、たんすに手を伸ばす。
「エリにぃー! 変電所でロボット見たロボット! ロボットってこう、かくかくって動かないんだね!」
「またかよ!」
しかもよりにもよって原始人スタイルだぞこっちは!
「ノックぐらいしろよ!」
「え~? アタシとエリにぃのなかじゃ~ん。それともエリにぃってば今更思春期?」
「思春期以前の問題だわ!」
いまどき小学生でもドアをノックして「失礼します」と言うわ!
「とりあえず……えい」
ぴろりんっ! と、カメラのシャッター音。
この女、よりにもよって全裸一歩手前のオレの写真を撮りやがった!
「さぁエリにぃよ! この写真をばら撒かれたくなければアタシに従うのだ~!」
もういやっ! この幼なじみ様!
〇
――なぁお前らよ、先週のブログで幼なじみ様のことを書いたが、そこまでたたく必要なくね?
なんだよモゲロとかハゼロとかネジレロとかエグレロとか……いやいやそれより聞いてくださいよ、また幼なじみ様ですよ幼なじみ様!
今度はオレの全裸写真を撮りやがった!
しかも脅迫する気満々です!
だれだこの女を淑女だの貞淑だのと言うやつは! 「私のゆーことをきけー」とかまるっきり犯罪者の思考ですよこの子。
ホントどこで教育間違えたんだろう……兄として自信を無くしますです。はい。
「エリにぃ、またブログですか?」
「……趣味だから」
「そうですか。ところで、今日はロボットについて御教授願ってもよろしいでしょうか?」
どうも幼なじみ様は先週のオレの講義が痛く気に入った御様子で、まるで昔に戻ったみたいにきらきらした目でこっちを見つめてくる。
……半裸の男に迫る女子校生。うん、はたから見たら犯罪だな。母ちゃんが間違っても部屋に入ってこないように鍵を閉めておこう。
そう思い至り、オレは恵利ちゃんを優しく横に退かすと、部屋の入り口に視線をやる。
「……」
「……」
そこから、こっそりと除いていた人物と、目が、あってしまった。
しかも、その人物は、今、一番、見てほしくない人だった。
というか、幼なじみ様が猫被っている時点で気づくべきだった。
「……母ちゃん、二時間ぐらい外にいってるね?」
「まってっ! 母ちゃんまって!? 誤解だよ!?」
「お義母様、私初めてだけどがんばりますね!」
「恵利ちゃんも何言ってるの!?」
わざわざ傷を広げるようなことを言わないで!?
「がんばんなさい! 恵利ちゃんママには母ちゃんから言っておくから!」
「かーちゃーんっ!?」
オレは必死になって呼び止める。しかし、ああ、無常に閉まる部屋のドア。
「でさ、エリにぃ。今日はロボットについて話してくんない?」
……ちくしょうっ!
〇
「……さて」
それは講釈を始めるおなじみの言葉。
「なんだよー、エリにぃ元気がないぞー?」
お前のせいだよこのやろう!
ちくしょう、身体を張ったギャグをかましてくれやがって。覚えてろよ?
「今日はロボットっていうけど、ロボットの定義ってなんだかわかる?」
「手があって足があって、そんで動く!」
なんとおバカな解答。ほんと、さっきはその程度の知能であってほしかった。
……いや、その程度の知能だったからこそ、さっきの惨劇が起きたのか? これは勉強をしっかりさせてくださいと彼女の両親に直談判せざるを得ないだろう。
さておき。
「実は、ロボットに明確な定義はない。なぜなら、ロボットと定義される条件が『人の代わりに何かを行う装置』だからだ」
この定義で言えば、人の代わりに物を運ぶトラックをロボットと定義してもあながち間違いではない。
「ただし、場合によってはこれに『人や動物の形を模した』という枕言葉が付くこともあり、その境界線がかなりあやふやなんだ」
まあ、JIS規格では『自動制御によるマニピュレーション機能又は移動機能をもち、各種の作業をプログラムによって実行できる、産業に使用される機械』と定義していたりもするのだが。
「ともかく、人の腕を模した装置――マニュピレータが付いている機械、とでも覚えておくといい」
……あれ? そうすると彼女がさきほど言った定義はあながち間違いではない?
そのことにはたと気づいた瞬間、我が幼なじみ様はドヤ顔でオレを見下ろしやがった。
畜生、今日はいいこと一個もない!
「で、現在産業ロボットは昔からあるマニュピレータのみのロボットから、人が入り込めないような区画に入り込み、そこで人の代わりに作業するロボットまでさまざまあるわけだけど……今回は恵利ちゃんが今日見たっていう、人の代わりに作業する人型ロボットを重点的に話しておこう」
さて、人の代わりに作業する人型のロボットは、実はそのほとんどが日本が研究、作成している。
もちろん、最初に発表したのも日本人であり、最初の二足歩行ロボット『WAP-1』は一九六九年に早稲田大学の加藤一郎教授によって開発されたとされている。
また、その三十年後には大手輸送機器および機械工業メーカーであるホンダが『ASIMO』を発表。
その出来のよさに世界が驚き、さらに当時のローマ法王にこのロボット開発の是非を問い、許可を貰ったという話が出てきて、もう一度世界が驚いた。
「そこまでするか日本人」と。
また、現在製造されているロボットの約七割が日本製であるということも、そのセリフを世界に言わせる要因になっている。
ホント、どんだけロボット好きなんだよ日本人。
「ただ、二足歩行というのはとても効率が悪い。いや、二足歩行はバランスを取ろうとして勝手に歩いてくれるから、ただ効率が悪いとだけいうのは語弊があるんだけど……」
しかしながらそのバランスを取らせるためにさまざまなセンサーが必要になるため、機械で再現するには効率が悪い。労力と対価がまるっきり見合わない。
つまり「あれだけ金をかけておいて、できることといえばよちよち歩くことだけか!」といわれかねないのだ。
現に、二足歩行ロボットが出た当初はそういわれていたらしい。
「現在では内蔵されているコンピュータの性能も上昇したし、センサーの小ささも感度も段違いだ。何でも、最近じゃぁAIを組み込んで判断力を持ったロボットを作る研究がなされているそうだよ?」
たぶん、今の日本は本気でオズの魔法使いになる気なんだろう。
ブリキならぬ合成樹脂とレアメタルでできた身体に、一と〇でできた魂……若干畑違いのオレでも、それにはロマンを感じずにはいられない。
問題は、今代のローマ法王がなんと言うか、だ。
「まあ、AIはまだまだ研究されている分野だから、本当にそんなロボットができるかどうかは、まあ、今後の研究次第かなぁ?」
ただ、現在のAIでも十歳児くらいの知性はあるらしいから、そう遠くはない未来なのかもしれない。
「じゃあ、次は恵利ちゃんが今日見たって言うロボットの話をしよう」
「おう!」
「恵利ちゃんは今日変電所……正確に言うなら送電施設なんだけど、その送電施設のところでロボットを見たんだよね?」
「そうそう。なんか人っぽい形しててさー、これぞロボット! って感じだったよ~?」
「それはそうだよ。そのロボットは遠隔操縦型に分類されるロボットで、基本的に人が操作してるんだから」
まあ、実際この目で見ていないので本当に遠隔操縦型のロボットかどうかはわからないが、送電施設の修理をするくらいなんだからそうでなきゃおかしい。
「さて、遠隔操縦型ロボットといえばテムザック社のT-52援竜がその走りだろう」
この援竜、日本のマニュピレータを使ってガレキの撤去からアタッチメントを変更しての鉄筋の切断、崩れそうな天井の保持などさまざまなことができることで有名であり、さらには内臓のエンジンを用いての発電まで行えるスーパーマシンだ。
「ただ欠点として、でかい、重い、クソ高いの三重苦だった。そのせいで数がそろえられないことと、本来の使用目的である『レスキュー隊が入り込めないようなところでの活動』が限定的にしか発揮されていなかったんだ」
まあ、後年になってバージョン上げされた援竜が次々と出てきて、その欠点も少しずつなくなってきたのだが。
「さておき、当時の……というよりは援竜シリーズは全て無限軌道でもって駆動する。つまり、二本足じゃなくてキャタピラだね。これがこのレスキューロボット最大の特徴だ」
「へぇ」
「……じゃあ、そろそろ恵利ちゃんが見たって言う二足歩行ロボットの話をしよう」
二足歩行最大の利点は『インフラ整理がいらない』ことだろう。
とにかく、人が二本足で歩けるところは彼らロボットたちにとってすべからく道になりうるのだ。
さらに言うと、手足が二本ずつあるロボットは四つんばいになって歩くことができるように調整されているため、とにかく『人が入れる場所が道』ということになる。
「最近では匍匐前進のできる二足歩行型レスキューロボットがあるから、本当にどんなところにいても来てくれるようになったね」
ただ、現在の技術力では匍匐前進ならぬ匍匐後退しながら要救助者を引きずり出すことはできないから、本当に来てくれるだけなのは黙っていよう。
「さて、話が脇にそれちゃったけど、これらロボットはすべからく『危険かもしれない場所』に『どうなってるか調べさせるため』に送り出される奴隷だ。今回の場合、送電施設内で漏電箇所がないか、酸素が十分にあるか、そういうのを調べるために使われているんだろうね」
「そんな危ない作業でも文句をいわず……漢だねぇ~」
「そうだね」
まさに強制労働。まったく、深く考えれば考えるほど彼らの生き様に涙せずにはいられない。
オレたちは二人同時に感嘆のため息をつく。
と、そこで、今朝電気がつかないことに慌てていたせいか、入れっぱなしだった電気に光がともる。
「あっ! ようやくついた~! れいぼーれいぼーっと」
「……余韻ぐらい、じっくりと浸らせろよ」
※念のため
頭の海外掲示板の発言は創作
~ロボット開発の是非を問い、許可を貰ったまでが事実
それ以降が作者の妄想
なお、現在世界で使用される工業ロボットの七割が日本が生産していたり、T-52援竜およびT-53援竜は実在し、震災時に力を発揮したのは本当