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1話 VRのおタク話

 オタクの「不可能」という言葉は絶対に信用するな。

 なぜならそいつらは、モエのためなら既存の技術など軽くブレイクスルーするからだ。

 ――ある海外掲示板に書き込まれた研究者の言葉(和訳)



        〇



 青天高く太陽身焦がす夏。

 オレは冷房のがんがん効いた部屋の中で氷菓子をかじり、シャツとパンツ一枚というオヤジスタイルでパソコンに向かい、今週頭にゼミで出されたレポートを消化していた。

 これがもし、日々充実している大学生ならば友人たちと協力してレポートを消化させ、その足でゲームセンターやらカラオケやらにでも行っていることだろう。

 そしてさらに社交的であれば合コンなる神秘の儀式も執り行えたはずである。

 しかし残念なことにオレの大学生活はそれほど充実しているわけでもなく、自らが所属するゼミに女性の影は見当たらず、合コンに参加しようと声をかけるも真顔で「貴様の席はない」……いまやオレの癒し空間は自分の部屋にしか存在しなかった。

 それゆえ、傷心のオレはパソコンの上に飾られた嫁たち(フィギュア)に慰めてもらいつつも「仕事(しゅくだい)のできる男ってステキ!」と嫁たちの黄色い声を脳内補完しながらパソコンに向かっているわけだ。

 が、そんなささやかな幸せすら、いと高きにおわす神々は許してくれないようで、

「ちゃーっす! エリにぃ元気ー?」

 などと、我が幼なじみ様を(つか)わしてくれやがったのである。

「ノックぐらいしろ!」

 今いたしている(・・・・・・)最中だったらどうするんだよ!

 再起不能になるわ! オレが!

「え~? アタシとエリにぃの仲じゃ~ん? アタシ~、エリにぃがパンツ一枚でも気にしないよ~? だって今更だし~?」

 それはそうだが少しは恥じらいを持てよ!

「つーかオレが服を着るまで部屋から出てけ!」

「それよりエリにぃ、パソコンかして~。アタシネトゲしたい」

「話聞けよ!?」

「いーじゃーん? パソコンはしゅーりちゅーだしー、このクソ暑い中ネカフェ行くほど元気ないしー? ところで電気屋もってったら一週間だってさ、長くね?」

 それはね? 家電量販店はメーカーに送りつけて修理させてるからだよ? 故障の度合いにもよるけど自分でパーツ買ってきたら一日とかからんから。

「……だったら、オレに電話すればいいのに。ある程度の故障なら修理するぞ?」

 たしか彼女のパソコンはデスクトップ(オレが選んだやつ)だったはず。そんなことを思い出しながら、二度とこんなことでオレの部屋にやってこないように予防線を張る。

「マジで!?」

「マジだ」

「かーっ! なんだよ~! ちくしょ~! あー、二万も損したぁ~……」

 ……お前は一体何を壊した?



        〇



 ――さて、オレの幼なじみ様が気になっている方もいるだろうからそろそろ紹介しよう。

 彼女の名前はミカ(仮名)。オレの三歳ほど下の女の子で、現役高校生である。

 彼女は昔から隣に住んでいたせいもあってか不思議とオレになついており、オレのニックネームであるミカにぃをよく多用する。

 なお、誤解のないように言っておくが、オレの本名はミカではない。

 そもそもミカにぃ自体「みかのおにーちゃん」という子供のころのセリフから来てたりするのだから当然である。

 ……あのころのミカちゃんはマジ天使だった。

 今? さっきのやり取りで察してくれよ……見た目は淑女(しゅくじょ)でも内面がまんまオヤジなんだぜ?

 しかもこいつ、オレ以外への対応は完璧な淑女だから誰もこの話を信じてくれないんだぜ……?

 でも、この記事を読んでくれているお前らなら信じてくれるよな? なっ!?



「……なぁ、エリにぃ、なにやってんの?」

「ブログ更新」

 そう、彼女との交渉(きょうはく)の末、ついにパソコンを強奪されたオレは、携帯電話で自サイトのブログをちまちまと更新していた。

 更新内容はもちろん、さきほど彼女と繰り広げた交渉だ。男に対し「今からお母さんに泣きつく。半裸で」は卑怯だと思う。

 ちなみに彼女はオレのパソコンにゲームのインストール作業を行っている最中らしく、手持ち無沙汰そうにオレのほうを見ては画面に視線を戻すということを繰り返していた。

「ふ~ん。ブログやってんだ? なんて名前?」

「日記代わりだから」

「ちぇっ」

 オレのブログが見れないとわかると、恵利ちゃんは唇を尖らせつつもあきらめてくれる。

 ……なんで根はいい子に育ってくれたのに、オレへの言動はオヤジのそれなんだろう?

 それとも、オレへのこの言葉遣いはもうあきらめたほうがいいのだろうか?

「ところでさーエリにぃ」

「なに?」

「ネトゲやってると『ゲームの中に入りたい!』ってとき、ない?」

「ない」

 あれはゲームだからこそ面白いんであって、実際に身体を動かすのは違うと思う。

「でさー」

 いや、聞けよ話。

「バーチャルリアリティとか、VRMMOとか、どーしてまだ実現しないんだろうね? パソコンはこんなに進化したのに」

「さぁ?」

「……エリにぃ、さては知ってるな?」

 そして彼女はじとーっとした目でオレをにらんでくる。

 さすがは我が幼なじみ様。オレのウソなどたやすく見抜くか。

 もし彼女がある程度の専門知識があったならば、オレは喜んで話しただろう。

 だが、彼女はただの女子高校生である。技術的な知識を持たぬ人間に、技術的なそれを話すのは骨が折れるのだ。

「なにをばかな。知るわけがない」

 ゆえに、オレはすっとぼける。

「……エリにぃ、今からアタシがエリにぃのお母さんとこに走っていって『えりにぃからエッチな事されました……』って涙声で訴えるのと、エリにぃがアタシに頭を下げながらこんせつてーねーに説明するのと、どっちが好き?」

 もちろん、オレは土下座した。



        〇



「さて」

 オレはおなじみのセリフで講釈を始める。

「世に言うVR技術――日本語では仮想現実技術か。それが世に初めて出たのは一九六八年のユタ大学からだ。このころすでにヘッドマウントディスプレイ状であっといわれている」

 なお、提唱したのは計算機科学者アイバン・サザランド氏であるが、割愛。

「このときのVR技術はまだ視覚情報だけ、それもポリゴンを使用してのものだったといわれていて、この二三年後に出てくる部屋を丸ごと使っての没入型の投影ディスプレイ――CAVE、もしくはインザボックス形式と呼ばれる方法を用いた形式に取って代わられる」

 ちなみにインザボックス形式は現在日本などでアーケードゲームに用いられている人気の技術だ。

 国民の半分はロボット大好き人間だからね、日本人。

「しかしながら、このCAVEは『部屋全面に立体映像を映し出す』という技術であったがために普及せず、結局はヘッドマウントディスプレイに取って代わられ、次第に廃れていくことになる」

 少なくとも設備設置に四畳ほどかかるのだ。普及しなくて当然といえば当然だろう。

 ただしヘッドマウントよりも整備性は高いので、自動車学校とかゲームセンターとか、頻繁に利用され、回転数の早いところではよく使用されている技術でもある。

「さて、再びヘッドマウントディスプレイ方式のVR技術が台頭したわけだけど、だというのに現在このVR技術はそこまで普及していない。なぜだ?」

 そこで初めて、オレは彼女に質問を投げかける。

 彼女は、パソコンのディスプレイを見ながら「まだかなー」などとつぶやいていやがった。

「いや、聞けよ」

「聞いてるよ? でもアタシがわかるわけないじゃない」

 それでも少しくらい考えろよ。

「……VR技術は、恐ろしく、高い。現在、日本の法令ではフルダイブ型、ハーフダイブ型、セミダイブ型、ノンダイブ型の四種類を定めているけど、このうちハーフダイブ、セミダイブは管理医療機器――補聴器と同じ扱いなんだけど、生産がごく少数だから、一台で新品の外車が買える」

「高っ!」

 なお、内部で走らせる精神科向けのリハビリソフト、リラクゼーションソフトなどが別途五万円で好評発売中である。

 誰が買うか。

「……ん? フルダイブは?」

「特定保守管理医療機器で、噛み砕いて言えば保守点検や修理に専門技師が必須で、使用履歴は厳重に管理される。ついでに使用するさいにはレントゲンと同じ様に別途専門技師が行うことを法令で義務付けられてる」

「はぁっ!?」

「当たり前だろ? フルダイブっていうのは、脳の処理に割り込んで直接データのやり取りをすることを言うんだぜ? 治験では使用中脳が休めなかったとかで『寝てるのに寝不足』でぶっ倒れる人が続出したくらいだ」

 あと彼女には絶対にいえないことだが、脳と直接やり取りができるせいなのか、この治験により人為的に半身不随にしたり心不全を起こすことができる可能性が示唆されたのも問題だった。

 そしてそれを受け、それらの問題を何とかしたのがハーフダイブ型である。

 こっちは仮想現実上に身体をもう一個作って、それを動かすことで仮想現実を実現させている。

 いわば首の下に身体がふたつ付いている状態だ。

「まぁ、ハーフダイブはハーフダイブで幻肢痛が起こるから使用が制限されているけど」

 なんでも、長くダイブし続けると身体ふたつあることを脳が正常であると認識し、現実世界に戻ってきたときに異常を感じるから、だそうだ。

 現在、法令では一時間以上の休憩がない連続使用が五時間以上、また一日合計で十時間以上の使用を禁じている。

 これでもかなりゆるいとか。

「ろくでもないなVR技術!」

「ろくでもないよVR技術は」

 正確に言うとVR技術ではなく、VR変換技術なのだが。

 なお、上記の問題点を解決するために出てきたのが、実際に身体を微細に動かすことで仮想空間上にフィードバックするセミダイブ型であることをここに明言しておく。

 ただし、これもこれで問題がないわけではない。

 ほんの少しだけにしろ実際に身体を動かすため、転落、転倒事故が多発したのである。

 そうすると転落防止に身体を固定する人間が出てきて……その当時は四肢の壊死や餓死者が多発している、などというニュースが毎日のように流れてきたとか。

 正直、笑い話にもならない。

「……結局、VR技術によるネトゲは永遠に生まれないってことかぁ……」

「そうだな。ついでいに言うと、一番安全なノンダイブ型だが、これはヘッドマウントディスプレイもしくは網膜投影型ディスプレイを使用するだけだ。網膜投影型は唯一奥行きが表現できるとかで、愛用する人は大勢いる。それに、値段も安くて六万ほどだ。ただ、重いヘッドマウントディスプレイを頭に乗っけるせいで肩こりがひどくなった、とか」

「前のと比べたら平和だな……でも、それ、VRっていうのかよ?」

「言うんだろう。現に仮想空間内の圧力を再現する全身スーツを個人で作った日本人だっている」

 そもそも、仮想空間内のデータを現実に取り出すために、また別のインターフェースを使うという手法は古くから使われている。

 ただ、製作に高度な技術を要するはずのインターフェースを個人で、しかもグローブではなく全身スーツなんてオーバーテクノロジーなものを作っておいて、主な使用目的が二次元の嫁を抱きしめるためとかどうなんだろう?

 まさに日本人、としか言いようがない。

「最後に、プレイヤー千人くらいでフルダイブ型VRMMOをした場合の値段を試算した人がいる、ということを紹介して終わりにしよう」

 ただし、残念ながら細かな内訳はよく覚えていないので割愛する。

 が、その結果は散々たるもので、特に電気代がすごいことになっていた。

 それもVR機器を動かす電気代が、ではない。全キャラクターの処理にすさまじい負荷がかかり続けるサーバーのCPUを冷やすための冷房に、だ。

「ところで恵利ちゃん」

 そこで一拍おき、オレは我が幼なじみ様ににこやかな笑顔を向けてこういった。

「月額十万で究極リアリティのVRMMOができるとしたら、どうする?」

「やったら懐がデスゲームだね」

「ちがいない」

※念のため

 頭の海外掲示板の発言は創作

 ~二三年後に出てくる部屋を丸ごと使っての没入型の投影ディスプレイ(CAVE)までは史実

 インザボックス形式から作者の妄想および空想科学

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