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友達の作り方

 〔その両掌は、作り出し、守り抜き、その(ひと)の手を離さぬためにある〕。

 祖父から耳にタコが出来るほどうるさく言われ、同時に幾度も打撲となって叩き込まれたその理念は、たとえ携帯端末を持っていても変わることはなかった。

 だからこそ、



「あ~あ~あ~」



 少年は、右手が保持していたそれ、理念の代わりに今や合金と樹脂の屑に変わった携帯端末を蒼い双眼で見やって溜息を吐く。親友の所属する世界的グループ企業の子会社、航羽通信の最新鋭機種をさらに戦闘耐久仕様にカスタマイズされたそれは見る影もない。

冷鉄女王(コールド・ブラッド)〕、熊切刑事の娘たる熊切飛鳥と電信しつつ、事務所のメンバー数人と音声チャットでやりとりしていた少年は眉間に皺を寄せながら、



「ああ!?」



 苛立った声で顔を上げ、〔再び繰り出された、監視対象の放つ岩石の榴弾を両掌で弾いて後退する〕。夜を演出するドーム型天井に投影された星空の下、赤や緑のネオンカラーが躍る歓楽街の間、雑居ビルの屋上で濃紺の髪をカーキ色のニット帽で覆った少年の影が跳ねる。先程の一撃で破壊され、コンクリートの蜂の巣から間を置かず瓦礫と化した屋上階段の残骸の背後に、少年が滑り込む。

 両掌の表面からは、出血。さらには刺さった岩石の破片がジクジクとした激痛を生むが、構っていられないほどの勢いで、追撃の岩石榴弾が来る。出来るだけ身を低く、小さくして、少年は無闇に袖や裾がダボついたチンピラ好みの衣服を縮める。高速で飛来する榴弾が屋上のコンクリートに衝突して破裂。一転して散弾と化した岩石榴弾の一部がトレーナーに穴を開け、少年の頬を裂いていく。

 だから、



「あああ!おい!ストップだ!〔俺の負け〕だ!負けたって!俺!」



 少年は、白い頬を流れる一筋の鮮血を背後に振り向かせて、岩石を撃ち続ける巨漢と、その側に立った女連れの男にそう叫ぶ。直後に覗かせた頭を掠める岩石の榴弾を回避し、少年は白い歯を剥いて自らの置かれた状況への怒りに歯を食いしばって耐える。

 同時、



「や、やめろ。う、撃つのやめろ」



 派手で露出過多なライトイエローのドレスを纏った女連れの男、前髪から後ろ髪までを一直線で切りそろえた坊ちゃん刈りのYシャツ姿の中年男がひきつけを起こしたような声で岩石の榴弾を撃つ巨漢にそう告げた。少年が再びちらりと残骸の影から蒼眼を覗かせると、上半身を頑健な灰色、巌の鎧で覆わった異人が投石能力を持つ両手の十指を下ろした。両腕と頭を頂点に、グレーの三角形にも見える攻撃者は、しかし警戒の赤色を頭頂の単眼に宿して睨みをきかせる。

 その上で、



「ま、負けたって言ったな?じゃ、じゃあ・・・」



 巌の男と同じように、派手な化粧で顔面を装甲したケバい連れの女の影に隠れるように、痘痕面の坊ちゃん刈りが恐る恐ると言った様子で、



「き、君は僕と友達になるんだろう?」



 しかし、真剣な声で少年にそう聞いた。



「・・・」



 瓦礫に隠れたニット帽の少年が黙っていると、坊ちゃん刈りの金切る叫びが続く。



「み、みんなそうだった!みんな、ぼぼ僕と勝負して、負けて、だから僕は友達にしてやったたた!そそそ、そうだろう!?僕が勝ったんだから、〔僕が友達になってやる〕んだ!そそそ、そういう上から目線が許されるのは、僕のような生まれながらの勝者(かねもち)だけだから!」

「・・・」



 蒼い瞳に深く瞼を下ろして、少年は坊ちゃん刈りの声に沈黙する。静寂に慣れていないのか、坊ちゃん刈りが焦ったようにまくし立てる。



「ああああ、安心して!?ぼ、僕は平等だよ!?容姿や性格や性別や病気や障害や境遇や両親なんかで差別しない!だだ、だって僕は、僕を監視して尾行していた君と友達になってやるほど優しいから!君達の願いを平等に叶え、〔友達でいてあげられる〕だけの(ちから)を持ってるから!」



 そこまで、中年の坊ちゃん刈りが叫んだ時だった。



「・・・そうか」



 瓦礫の影から、スッと人影が立ち上がる。遠くから赤く聞こえるパトカーのサイレンの中で、背を向けた少年の右手がダボダボに裾が緩んだズボンのポケットに差し込まれる。



「コーちゃん!」

「慌てんな」



 坊ちゃん刈りに警戒を促して両手の指を差し向けた巌の男に、一度両手を挙げて無抵抗を示し、少年はゆっくりとした動作でズボンの右ポケットからヨレた煙草の紙箱とターボライターを取り出す。血のにじむ左手で紙箱から煙草が一本抜き取られ、口に咥えたそれに右手のライターが青白い炎で着火。口腔で息を吸い、吹かし、オレンジの先端からメンソール系の煙が立ち上ったのを確認してから、それをゆっくりと時間をかけて吸い込み、冷えた紫煙を肺まで吸い込む。次いで、脱力したように肩を落とす。少年が右手の煙草をぶらりと下ろし、背を向けたまま不健全な白煙を吐きだす。

 そうして、



「ああ、そうそう」



 振り返った少年、



「ありがとな」



 炎点都市ヨロズにおいて、〔英雄探偵〕と仇名され、〔灰色の男〕と同じ銘柄の紫煙をくゆらせる男、



「え、え?」



 金をばらまいてしか関係を築けない坊ちゃん刈り、監視対象をドモらせた天出雲時雨(あまいずもしぐれ)は、



「腐れどーでもいい話で、時間稼ぎに付き合ってくれてさ?」



 皮肉に口角を吊り上げたニヤケ面でそう告げ、



「ついでに、〔俺〕から〔俺達〕を敵に回して負けること、俺と一緒に後悔するといい」



 一転、カーキ色のニット帽苛を脱ぎ去りながら、苛立った眉間の人睨みで放つ。

 だから、



「行け!」



 異変を察知したらしい岩石男が照準を時雨に合わせるのと、



「敗因を教えてやる」



 左手の薬指、漆黒の指環を抜き去った武闘派探偵が走りだすのは、



「いいか?ああ!?」



 全くの、同時だった。


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