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星舞街 心舞踏

作者: N澤巧T郎

「4月の半ばまで続いたこの異常な寒さも、明日には終わり、春の訪れを感じることが出来るでしょう」

 そんな天気予報をじっくりと聞いている時間など昭宏にはなかった。

「おとうさ〜ん。靴下がないよう」

 息子の昭太の、問いかけにも答える暇はない。昭宏はワイシャツを腕まくりし、着慣れていないエプロンをしながら必死でお弁当を作るのだ。

「ねえおとうさ〜ん。靴下がもうかたっぽないよう」

 昭太は靴下を一足だけ右手に吊るして見せに来た。昭宏は慌ただしそうに「ああ、じゃあ、違うのは」と、玉子焼きを弁当に詰めながら答える。昭太は不満そうな顔を浮かべながら言った。

「この靴下じゃないとヤなの。車じゃないとヤなの」

 靴下にはワンポイントで青い車の刺繍があり、たぶんそのことだろう。昭宏はお弁当のふたを閉め、いそいそと包みながら「たぶん洗濯物の中にあるんじゃないか? 探してみろ」と言った。

 昭太は言われたとおり、山積みにされている洗濯物を崩して探す。

「あったー!!」

 靴下を履いていると、玄関のほうから呼ぶ声がした。

「お〜い急げ!! バス来ちゃうぞ!!」

 靴べらを使って靴を履きながら呼ぶと、昭太がタタタッと駆け足でやって来た。それを見て昭宏はあることに気づいた。

「あ、おまえ、帽子はどうした。帽子」

「あっ」と、再びタタタッと戻る昭太。

「早くしろう」と、昭宏は腕時計を見て言う。

 タタタッとやって来た昭太に急いで靴を履かせる。家を出たときには、予定の時間より7分ほど遅れていた。

「すみません。はあ、はあ」

「おはよう昭太くん。お父さんもお疲れ様です」

 みんな待っていてくれたようだ。昭宏は抱えていた昭太を下ろし、黄色いかばんを持たせた。

「それじゃあ、よろしくお願いします」

「はい。いってきま〜すって、ほら、昭太くん。お父さんにいってきま〜すって」

 昭太は小さい手を左右に振りながら「いってらっしゃ〜い」と、白い息を口元に漂いさせながら言った。

「いってきます」

 そう言うと、昭宏は駆け足でその場を離れるのであった。





「なんなんだろうなあこの寒さ。ほら、ちょっと息白い。ほらほら」

 白い息を見せようと、ハアハア息を吐いているが、残念ながら隣にいる武士は興味がないようだ。武士は前方を見たまま「でもあれじゃん?温暖化してたんだから、ちょうどいいんじゃない?」と言うと、信号が黄色に変わり足を止める。

「あ、なんかくらくらする。酸欠ったなこれ」

 信号が青になるのを待ちながら、目頭を押さえて上を見る純也は、そのままの状態で「ああでも、このまんま暑くなんなくても困るよなあ」と言った。

「そうか?別にストーブもエアコンもあんだろ」

 武士が聞くと、純也は確信を得た眼差しで答えた。

「アイスが美味くない」

 武士は純也から目をそらし、クビを横に振りながら、なにもわかってないなあキミはという表情をした。そして言う。

「こたつで食べるアイスは最高だ」

 純也は眉を潜めながら「俺んち、こたつないんだよな。エアコン買っちゃったから」と言った。武士は、少々勝気な態度で純也を見た。すると、純也が言った。

「今日帰り寄らせてくれ。そんでアイスを食べさせてくれ」

「だったら、俺のぶんもおごれな」

 チャイムが聞こえる。信号が青に変わる。2人は走って学校へ向かうのだった。





 白い息を吐きながら、子供達が園内を走り回っている。

「外は寒かったでしょう。これでじっくり暖まってくださいねえ」

 そうやってコップを渡された雪恵先生は、「どうもありがとうございます」と言い、飲むフリをする。「はあ、温まりますねえ」と、言いながらブルッと体を振るわせた。

「ねえ里奈ちゃん。そろそろ教室戻らない? 風邪引いちゃうよ」

 体をさすりながらお願いするが、とうの里奈ちゃんは、「あらそうです?エアコンの調子が悪いのかしらねえ」と言って、葉っぱを持ってボタンを押すマネをした。

「ピッピッ」

 口で音を出すと、「これで大丈夫ですわ」と言って、コップを持って飲むフリをするのだった。

「里奈ちゃ〜ん」と、雪恵先生は「お願いしますよぉ」という意味をこめて、名前を呼んだ。

「ふう、やっぱりブレンドカフェラテデラックスマウンテンは違うわね〜」と言う里奈ちゃん。先生の声など聞いていないご様子です。

 そんな2人などつゆ知らず、風の子供達は、土煙を上げながら走り回るのだった。





「あれ? 亮くん。あんまり食べてないねえ。食べないとダメだよう。元気つけないと」

 亮は、ベッドの上で小さくうずくり、背を向けたまま黙っていた。それを見た看護士さんは、亮の気持ちを悟ったらしく、もう何も言葉を発しなかった。

「春が来なかったからだ」

 部屋を出ようとしたとき、亮が口を開いた。振り向いた看護士さんは、何か言おうとしたが、すぐにやめて部屋を出た。

 うずくまった亮の、小さな背中を見て悟ったのだろう。

 亮の枕は外の温度と同じように、冷たく濡れていたのだった。




 

「あれ?チーフ。昼食は取らなかったんですか?」

 外から戻った部下の正広に、そう聞かれた昭宏は、パソコンのディスプレイから目を離すことなく、「ん?ああ。まあ、残業は出来ないからな」と、答えた。

 すると正広は、「それなら大丈夫ですよ。その時は僕に任せてくれて」と快く言った。しかし昭宏は「任せられないから今やってんだけどなあ」と、先ほどと同じ調子で言う。

 正広は「アイター!!」と言って、おでこを一回パチンッと叩いた。周りにいた同僚がクスクス笑う。昭宏もつられてクスッと笑い、「自分で叩いたから痛いんだよ」と笑いながら言った。

  明るい雰囲気が職場に広がった。すると、思い出したように昭宏が正広に向かって言った。

「それより、約束の時間。もうすぐじゃないのか?」

「あっ、やばっ」

 正広は慌てた面持ちで書類をかばんに入れ、走り去ろうとした。その時だった。

「マサっ」

 昭宏が呼び止めた。正広は足を止め、振り返る。

「契約。任せたから」

 正広は笑顔で「はいっ」と答え、その場を走り去るのだった。







「検温で〜す」

 看護士さんが入ってきて、一人ずつ検温していく。そして、窓際の患者さんのところまで来た。

「風が出てきた見たいね」

 窓の外でひどく揺れる木々を見ながら看護士さんに言った。看護士さんは慣れた手つきで作業をしながら、「天気予報だと、明日は暖かくなるって言ってましたよ」と答えた。

「本当かしら。先週からそう言ってるけど」

 不信感を抱いていると、「誰かー!! 捕まえてー!!」という、助けを求める声が、開けてある扉から聞こえてきた。

「ちょっと待っててくださいねえ」

 看護士さんは、そう言って、そそくさと扉の前まで行くと、廊下には出ず、タイミングを計っていた。そして、バッとろうかに出ると、走ってきたパジャマ姿の男の子を捕まえた。

「こうら亮くん。また逃げ出したわねえ?」

 亮は離れようともがきながら、「や〜め〜ろ〜よ〜。は〜な〜せ〜よ〜」と抵抗。すると、もう一人の看護士さんが「どうもすみません」と、早足でやってきた。 

「ほら亮くん。戻ろ」

 迎えに来た看護士さんが手を伸ばすと、亮はそれに向かって手をパチンッと叩き当てた。

「わかったよ」

 そう言って、再び駆け足で戻るのだった。





 夕方、昭宏が駆け足で幼稚園にやって来た。白い息を吐きながら、園内へ入る。

「こんにちは」

「あ、昭太くんですね。いま呼んできますから」

「お願いします」

 昭宏が息を整えながらそう言ったときだった。違うお母さんが入ってきた。

「あ、里奈ちゃんのお母さん。ちょっと待っててくださいね」

「はい、お願いします」

 雪恵先生は2人を連れに中へ入って行った。

「あ、どうも」

 目が合ったのだ。そりゃ挨拶もする。

「どうも」

 里奈ちゃんのお母さんも言う。

「寒いですねえ」と、昭宏。

「ホントに。風も吹いて来て」と、里奈ママ。

 すると、ヒョイっと昭太が現れた。

「おっとうさ〜ん」

 タタタッと駆け寄ると、ヒシッと足に抱きついた。

 その後を、ゆっくりと里奈ちゃんが歩いてきた。

「ちゃんとしてたか。ん?」

 昭宏が頭に手をやりながら言うと、昭太は顔を足に押し付けたまま「うん」と答えた。

「里奈もいい子にしてた?」

 里奈は少々ボーっとしながらも、「うん」と小さく答えた。

 昭太が靴にはきかえると、立ち上がって雪恵先生の方を見る。

「さよーなら」

 きれいにお辞儀をして挨拶した。

「あ、昭太くん。帽子帽子」

「あっ」

 横に置いてあった帽子をかぶる。

「気をつけてね。昭太くんは良く忘れ物するから」

「うん。さようなら」

 注意を受け止め、今度は手を振って挨拶した。

「はい、さようなら」

 先生も手を左右に振って挨拶した。

「ありがとうございました」

 昭宏もペコッと頭を下げて挨拶した。続けて「お先に失礼します」と、まだ靴を履いている里奈ちゃんのお母さんにも挨拶した。

「さようなら。さようなら、昭太くん」

「ばいば〜い」と、同じように手を振って挨拶する昭太。

「さようなら」と、同じようにペコッと頭を下げて挨拶した昭宏。2人は寒い外へと、再び戻って行ったのだった。





 風がビュービュー吹く中、ビニール袋をぶら下げて歩く二人組み。

「さ、さ、さ、さび〜〜〜!!」

 純也が唸る。

「ほら、さっさと歩けよ。早く家に行くぞ!!」

 そう言って、武士が急かせる。

「だったら、俺の後にいないで前に出ろ!! 押すな!!」

 武士は純也を盾にして歩いているようである。

「いいから行けよ!! こたつ貸してやんだから」

 そういって武士は純也をグイグイ押す。

「アイスは俺が買ったんだからイーブンだろ!! 貸し借りなしだろ!!」

 アイスの入ったビニール袋を手に持ち、前からは風を受けながら、後からは武士に押されている純也。この時、純也は考えていた。武士だけ風に当たらないのはずるいと。そして、どうしたら武士にも風を当てることが出来るのか考えた。

 そして、ひらめいた。

「わかったよ!!行きゃいいんだろ!!」

 そういうと、純也は全速力で走り始めた。

「うわっ!! このっ!! 待てこら!! 壁は離れるな〜!!」

 武士も全速力で走り出す。風が勢い良く吹きすさぶなか、白いビニール袋を勢い良く揺らしながら、白い息を撒き散らしながら、2人は家路を急ぐのだった。






 ヒョコっと、昭太が現れた。昭太はタタタッと一番窓際の患者さんのところへ駆け寄る。そのことに気づいた患者さんが笑みを浮かべた。

「あ、昭太。来てくれたの? ありがとう。寒くなかった?」

「うん!! 寒かった!!」

 子供は正直だと思っていると、昭宏がゆっくりと現れ、「こんにちわ」と、軽く会釈をしながら、他の患者さん達へ挨拶をしながら妻恵美子のもとへと歩く。

「仕事は良かったの?」

「ああ、部下に任せてきた」

 ベッドの横にあるイスへ座る。昭太は靴を脱いで母のベッドへ登る。

「自分の仕事は自分でしなくちゃ。嫌われちゃうわよ」

「大丈夫だよ心配しなくても。わかってるから」

「ならいいけど」

「あっ」

 ベッドの上にいた昭太が、何かに気づいたらしい。

「トイレ!!」

 恵美子は少し微笑みながら「出て左に行った所にあるわよ」と言った。

「わかった」

 いそいそとベッドから降り、タタタッと駆けて行く。

「ろうかは走るな」

 父が注意すると、「う〜ん!!」と返事をし、歩いて廊下へ出て行くのだった。





「よ〜し。仕事終わり!!」

 正広は急いで帰りの支度をする。

「お、どうした? このあと用事でもあんのか?」

「ええ、ちょっと」

「そうか、それなら仕方ないか。このあと一杯って思ってたんだがな」

 正広はマフラーを巻いて支度を完了。

「すいません。それはまた次の機会ということで。それじゃ、お疲れ様でした」

「お疲れえ」





「ねえ、亮くん見なかった?」

「え? また逃亡? ん〜見なかったけど、見かけたらちゃんと病室に戻しとくよ」

 そんな会話をしている看護士さん達の横を、昭太はタタタッと通り過ぎ、トイレへ入る。

「それじゃあ頼むね。ありがとう」

「うん。それじゃあ」

 そうして再び自分の仕事へ戻った所へ、亮が狙いすましたように現れる。周りをキョロキョロと確認し、スタタッと移動するのだ。







「あれ? どこだっけ?」

 昭太は道に迷っていた。左右を確認すると、あるボタンを見つけた。ポチッと押す。

チーン

ガーッ

 扉が開くと、中には亮がいた。昭太はろうかとエレベータの境目を、飛び越えるようにして中へ入る。

 亮はすぐに『閉』のボタンを押す。

「何階?」

 亮が聞く。

「ん? なにが?」

 別に違う階に行くために乗ったわけじゃないので、昭太はその質問に答えることができなかった。

 亮も亮で、あまり気にすることもなく、上のほうで光っている数字を見ていた。

 昭太も昭太で、数字が書いてあるボタンの列を見ていた。一番上で光っている数字を。





「お先に失礼します」

「はーい。さようなら」

 他の先生たちと挨拶を交わし、雪恵先生は園を出た。門のところを歩いているところで、携帯が鳴った。

「はい、あ、うん。いま終わった」

 先ほどよりは弱まったが、まだまだ強く、そして寒い風が髪を揺らす。






チーン


 亮が降りる。それを見て昭太が追いかけた。しばらくして、亮が気づく。

「どうしてついてくんだよ」

 昭太は嬉しそうに「なにごっこ? 探偵?」と聞いた。

「見つかるだろ?」

「あ、スパイごっこだ」

 亮はどうすればいいのか困ってしまった。しかし、深く考えているわけにもいかず、ほっとくことにした。

 スタタッと亮が走ると、タタタッと昭太が後に続く。そんなこんなで階段のところへ来た。ココまで来れば、もう大丈夫だと亮は知っている。何回も何回もここへ、今みたいに2人で来たのだから。





「もうそろそろ帰った方がいいんじゃない?」

 恵美子が言う。

「そうだな。って、昭太はまだトイレか?」

「迷子になってるんじゃないかしら?」

「あいつはよく忘れるからなあ」と頭をかく。





 扉を開ける。外の寒い空気が肌を引き締める感じだ。亮と昭太は屋上へ踏み出した。

「わー。たかーい」

 昭太がタタタッと柵のところまで走り、暗闇に浮かぶ町の明かりを見渡す。





「う〜ん。やっぱり、コタツでアイスは格別だな」

 武士が満足気に言う。

「ああ、なんかすげえ久しぶりだなあ。いいなあやっぱり」

 純也が頬をテーブルに付けながら言うと、続けて「きむちいな〜」と、たぶん気持ちいなあと言った。

「寝んなよ」と、注意する武士。





「なにか食べる?」

 里奈は言葉を発することなくクビを小さく横に振る。

「じゃあ、何か飲む?」

 小さくコクリとうなずく。

「じゃあちょっと待っててね」

 そう言って立ち上がる里奈ママ。どうやら里奈は風邪を引いてしまったらしい。





「あ、いたいた」

 携帯をきる雪恵先生。ちょっと駆け足で駆け寄る。

「ごめん、待った?」と、雪恵が言うと。

「まあ、待ったは待ったかな」と、正広がちょっと意地悪く言う。

「それは良かった」

 雪恵も負けてはいない。意地悪には意地悪でお返しだ。





「まあ、大丈夫だとは思うけど」

 昭宏はそうは言ったものの、少しソワソワしていた。恵美子はそんな昭宏を見て、微笑むのだった。

 ふと、窓の外を見て恵美子が言った。

「風は、止んだみたいね」

 昭宏もその言葉を聞いて、外を見る。

「ああ、確かに止んでるな。あんなに吹いてたのに」

 しばらく2人で見ていると、突然2人が口を揃えて言った。


『あっ』






 昭太は後ろを向いた。亮が泣いていた。昭太はタタタッと亮に近づく。

「ど、どうしたの?」

 亮は涙と鼻水を手で拭きながら、震えた声で答えた。

「もう……会えないんだ……会えないんだ……」

 亮は思い出していた。2人で抜け出しては、この屋上に来ていたことを。

 昭太はなにもすることが出来なかった。困ってしまった。泣いてしまいそうだった。

 その時だった。

 昭太があるものを発見し、言った。


「あっ」






 アイスを一口ほおばって、武士が言う。

「そういえば、風の音がしないな。あんなに吹いてたのに」

 純也が細い目で答える。

「へ? そうだっけ? どうでもいいや、そんなこと」

 武士は足をコタツに入れたまま、体を伸ばして窓のところまでいく。

「あんな苦労して帰ってきたのに、そう簡単に止んでもらっちゃ困る」

 カーテンを横に動かす。

「うわっ、思いっきり止まってるよ。コンビニでもうちょっと待ってれば良かったんじゃねえか?」

 もはや純也の返答はない。すると、外を見ていた武士があるものを発見し、思わず声を漏らした。


「あっ」






「はい、持ってきたわよ」

 体を起こし、ゆっくりと飲む里奈。

「突然風邪なんて、いったいどうしたんだろうね」

 心配する里奈ママには申し訳ないが、原因はわかりきっている。

 飲み終わった里奈は再び横になる。そして、ふと横にある窓を見上げた。


「あっ」


 それを聞いた里奈ママも、里奈の目線の先を見て言った。


「あっ」







「んじゃあ行くか」

 正広は、このまま言い合っててもラチがあかないことを知っていた。

「うん」

 正広の横について、そのまま歩く。

「いつまで続くんだろうなあ」

 口からでた白い息をみて呟いた。そんな事を言われても、その疑問に答えることのできる者など、今の地球には存在しない。

 もちろんそんなことは、とうの正広も承知していた。

 雪恵先生は答える代わりに空を見上げた。そして、小さな声を漏らしたのだった。


「あっ」


















「雪だ」


「雪」


「雪だ!!」


「雪か」


「雪っ!!」


「雪ね」


「雪だよ」









その日、街に雪が降った。

それはただの雪ではなかった。

4月に降ったからではない。

それ以上に異常な雪だった。

その雪は




「黄色だ」


 昭宏が窓を覗き込みながら言った。

「ホント、こんなのはじめて見るわ」

 恵美子も、窓の外をゆっくりと降下してゆく黄色い雪を目で追いながら言った。





「おい、起きろ。おい、起きろって!! チョット見てみろよ」

 武士が寝ていた純也を起こす。

「ふは? なに? え? ああ、雪だね。雪。そんなことで起こさないでよ。って雪っ!!??」

 完璧に目が覚めたようである。

「雪っておま、おまえ、もう4月じゃねえか。それで雪って……」

 純也の驚きを聞きながら、純也は何も言わずに外を見続ける。



 


「雪、積もるかな?」

 里奈が聞く。里奈ママは笑って答えた。

「早く元気になろうね」






「今日はやけに寒いと思った」

 体を小さくしながら正広が言った。

 雪恵先生は、ひとかけらの雪を両手で優しく受けると、空を見上げた。

「きれい……。街の光が反射して、雪がまるで」





「星だ!! 星が降ってきた!!」


 昭太はそう叫ぶと、両腕を翼のようにめいっぱい広げた。

 亮は、そのあまりにも美しい光景に、泣くのを忘れていた。

 そして気づいた。

 亮の心に残る思い出の風景は、目の前に広がるこの奇跡のように美しいことに。

 




 星が舞う街のなか、人々の心は舞い躍る。



 





「きのう降った雪ですが、黄砂現象の影響でしょう」

「黄砂現象というと、あの砂がやってくるという」

「ええそうです。例年ですと、ちょうど今頃ですか。4月の中ごろにアジア大陸で巻き上がった砂が、偏西風によって運ばれ、この日本にもやってくるんです。それが黄砂現象です」

「それが昨日の雪と、一体何の関係があるのでしょうか」

「上空の雲のなかで、黄砂現象によりやってきた砂の粒子が核となって、雪の結晶が出来たために、あのような黄色い雪が降ったのだと考えられます」

「お〜い。いつまでも見てないで、支度しろ」

 例のごとく、昭宏はお弁当の準備をしていた。昭太はパジャマのまま、ボーっと昨日の雪について語るテレビを見ていた。

 そして、ふいに思い出したのだろう。昭太はテレビを見つめたまま言った。



「黄色はキケン。渡っちゃいけない」



「うお〜い。早くしろって。また遅れちゃうぞう」

「はーい」

 昭太はテレビを消して着替え始める。

 



 人々はいつもと変わらぬ日々を暮らす。












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― 新着の感想 ―
[一言] 星が降るというのが唯一のSF要素なのだから、そこを軸にもっと話をふくらませて欲しかった。星が降る情景描写以外はすべて省いてもいいぐらいだ。
2007/01/25 12:07 通りすがり
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