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プロローグ

 一週間前、彼らは世界の脅威に勝利した。


 『氷冷雹間の魔人(ひょうれいはくまのまじん)』と世界に畏怖される怪物。

 ───ヒャスィ・イリノワズールは【三大精霊王】が一角、『雹霊(ひょうれい)マセルカ』を討伐。

 その上で力を奪い取り、数分で世界すら凍結させ得る力を手に入れた。


 そんな脅威を野放しにするわけにはいかない………そう立ち上がった五人の世界最強。


 その名こそ『天外五傑(てんがいごけつ)


 天にも勝り、天すら凌駕する五人集。

 彼らは互いに嫌々ながらも協力し、ヒャスィとの激闘の末に封印した。


 まさに生ける英雄、新たなる伝説。


 そんな彼らは今──狭い宿の一室で、現状を嘆いていた。



「………なあ、謝礼金くれぇなら貰えても良かったんじゃねぇか?」


 窓外から夕焼けの光が差し込める中、その横で壁に背をもたれる一人の男。

 ファラグ・ビンドルは、腰に携えた鞘に手を掛けながらそう呟く。


 揺らめく橙色の襤褸(ぼろ)。少しよれて、ところどころが擦れている上、赤や青の布で雑に補修されている。

 着物と呼ぶには少し失礼に当たるとすら思えるが、一応は和を感じる服装。


 ボサボサとして、手入れの行き届いていないロン毛であるにも関わらず煌めくような琥珀色の髪。


 焼けた肌に、黄金のように輝く瞳はあまりにも英雄としては象徴的だった。


 それなのに、その顔には英雄とは程遠いチンピラとガキの混血かと思える不遜で退屈そうな表情が浮かんでいた。


「こればかりは下品一人集と同意見なのです…………何が『善意での独自判断による封印』なのです? どこの国も英雄と祭り上げるだけで、報酬の一つも無いのです………」


 室内唯一の布団に横たわりながら顔を顰める一人の幼女。

 フィトナ・メル・エージンベテルは魔導書を脇に挟み、脱力しながらも指先で自身の髪飾りである大きなリボンを弄っている。


 布団に沈む白と黒の布地、一般的とまでは言えないが時折見かけるようなメイド服に身を包んでいる。


 手入れの行き届いた黄色い髪。肩にかかるほどの長さに切り揃えられたボブヘアはサラサラと靡いている。


 エメラルドのように煌めく翠色の瞳は、細められた瞼の奥でさらに鋭く輝いていた。


「まあまあ? ケチなのは昔から変わってないからさ。ある意味、一貫してて憎みやすいじゃん?」


 国を憎む前提で物を言い、それでもなお余裕のある笑みを崩さずあっけらかんとそう言い放つ一人の少女──に見える男。

 メイル・ドレイズは手持ち無沙汰に腕を揺らす。


 ひらひらと軽やかに揺らめくフリルの付いた、縞模様をした可愛らしいドレスを着て椅子にちょこんと座っている。


 ボサっと無造作で、外に跳ねる毛先。灰色の髪が肩にかからないほどの長さに切られたボブヘア。


 光を宿さず、目を合わせれば闇を見つめていると錯覚してしまうような真っ黒な瞳。細められた目は、布団の方を見据えていた。


「今日のこの宿代だって、ニャーの稼いだお金だにゃ! 感謝するにゃ!」


 偉そうに胸を張り、ドヤ顔で三人に向かって右手の指を差す。弧を描く口元から小さな八重歯が覗く一人の女。

 リューベル・フルグラットは金貨三枚を左手の指の間に挟み、宙に放ってはまた掴み取り退屈を誤魔化す。


 腰のくびれが強調される、美しい肉体美を前面に押し出すようなタイトな黒装束。


 ボサっとした銀髪が頸の辺りで結ばれ、毛先が膝下まで達しているポニーテール。

 その髪色に地続きの毛色をした猫耳が立ち上がる。


 黄色、そして紺色が瞳の中でコントラストを作り出している。


「クソがよぉ!! 暇だし、金も無ぇ! あいつら国にも、この世界にも幻滅したぜ!!」


 そう言い放ち、怒りに任せて近くにあった机に向かって拳を振り下ろす。

 だが、その拳に宿った無意識の剣圧が机を真っ二つに分かち、台パンのつもりだった拳は机に当たらずにそのまま空を切った。


「それもそうだよね。やっぱりさ? 敵無しじゃ退屈しちゃうよね? フィトナちゃん?」


 そう軽口を叩きながら立ち上がり、布団で寝転がるフィトナに向かってウィンクをしながら手を差し伸べる。


 フィトナはその手を取り、引き寄せられるようにして立ち上がると口を開いた。


「と、言ってもなのです。私たちの相手になるような敵、それ即ちヒャスィの再来みたいなもんなのです」


 そう淡々と呟きながら、魔導書を自らの影に落とす。底なし沼に嵌った人のように、ゆっくりと影に沈みゆく魔導書。

 フィトナはそれを当たり前として目もくれず、メイルの顔を見上げ、それから繋いでいた手を離した。


 そんな時間の中で、リューベルが顎に手を当てた。眉間にシワを寄せ、考え込む。

 それから数秒して、リューベルが目を見開き、大きく口を開けた。


「───そうだにゃ!! フィトナの『あの魔術』で別の世界にでも行くのにゃ!! そしたらこの世界の誰にも迷惑かけずに遊べるにゃ!!」


 世紀の大発明でもしたかのように目を輝かせながら、フィトナに近寄り、そう声を上げた。


 鼻息を荒くしながら、フィトナに顔を近付ける。距離が詰まり、鼻先が当たる手前、メイルが二人の顔の間に手を差し込み、リューベルの顔を掴んで距離を無理やり取らせる。


「ストップゥーー…………近付き過ぎは良くないよ? 威圧的」


 そう言いながらリューベルの瞳を覗き込み、真顔で見つめる。そんなメイルの形相の方が、よっぽと威圧的だった。


「まあでも、良い案なんじゃない? フィトナちゃんはどう? 賛成?」


「おう! オレは賛成だぜぇ!! この世界の女には少し飽きてんだ。そろそろ別世界のエロい女を堪能してみてぇからなぁ!!」


「君には聞いてないよ? ファラグ」


 口角を上げたファラグに対して、メイルの冷たい無表情が突き刺さった。メイルの声色に、何かを思い出したようにファラグの顔が青ざめ、顔が逸らされた。


「で、フィトナちゃんはどうかな? 私は賛成側だけど………別世界に行くための魔術は、フィトナちゃんしか使えないから。結局はフィトナちゃんの同意が無いと何もできない」


 ファラグに対する表情からは打って変わって、フィトナの方を振り向いた瞬間には優しい微笑みが顔に張り付いていた。


「まあ、私も良いとは思うのです。でも私達がいなくなれば、この世界の人たちが困るかもなのです」


「大丈夫………本当に私たちを手放したくなかったら、精一杯お金を費やすはずだよね? でもそれをしないって事は、少なくとも現状では私たちをもう必要とはしていない! と思っていることにならない?」


 メイルは無意識に人差し指を立てて左右に揺らしながら、再度フィトナに対してウィンクをした。


「…………それもそうなのです。じゃあちゃんと五人で行くために、あのトカゲを迎えに行くのですよ」


 フィトナがそう言って部屋のドアノブに手をかけ、開く。そうしてチェックアウトし、宿から出た四人は歩き始めた。最後の一人……いや、一体を迎えに───

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