8話 ゲーム再び
しばらくして、隆一は事業に失敗し、多額の借金を作っていた。
そして、これまでの慰謝料として3億円を私に請求する。
毎晩、お酒に溺れ、私の家に怒鳴り込んでくることも増える。
あなたの意思で別れたのでしょう。
隆一も、それは分かっていたんだと思う。
生きるのに必死で、私にすがるしかなかったのだと分かっていた。
別に私のことが今でも好きなわけじゃない。
今でも好きなら、こんな醜態を見せるはずがない。
今夜も、玄関の前で待ち構え、ウィスキーのボトルで私に殴りかかる。
お酒に酔い、ふらついて自ら廊下に倒れる。
顔はやつれ、肌もボロボロ。
まともな生活をしているようには見えない。
服からもすっぱい匂いが漂っている。
長い間お風呂に入っていないのだと思う。
どこから見ても浮浪者にしか見えない。
もう、あなたの人生は終わったの。
私が資金を出しても焼け石に水で、無駄金になる。
人が輝ける時間は一瞬だけ。それを使い果たしてしまっている。
それでも、まだ希望があるように誤解している。
そして、俺を捨てて他の男を作ろうとしてるんだなと呟いている。
もう支離滅裂。私たちは、もう夫婦じゃないのに。
私は、そんな隆一を見捨てて、玄関のドアを閉める。
今夜は暖かいから、外で凍死なんてことはないと思う。
外で隆一が死んでいたら気分は悪い。
でも、今の私は、もうあなたを助ける筋合いもない。
ただ、廊下で酔い潰れて寝ている。
私の家の前でやめて欲しいけど、重くて道路まで連れていけない。
外に運び、道路に放り投げれば、それこそ逮捕されてしまう。
朝になって、どこかに歩いて消えればいい。
今夜は酔っ払っていたから、ボトルは私に当たらなかった。
でも、今後、いつか殺されそう。
隆一のせいで私が死ぬのはおかしい。
またあのアプリを使うしかない。
そう思い、隆一の顔写真を選択した。
その時、目の前を大きな稲妻が落ちる。
避雷針がある都会で雷なんて目の前で落ちるのかしら。
下を見ると、駐車場にある自転車が焼け焦げている。
何かの警告なのかもしれない。
このアプリで6人目を殺すとどうなるかは聞いたことがない。
でも、もう引き返すことはできない。
5人目で失ったものは何だったのだろう。
大切なものを失った気もするけど、思い出せない。
その程度のことなら、アプリを使い続けるしかない。
アプリを操作した途端、いつものように風景が一気に変わる。
工事中の高層ビルのフロアーに私は立っている。
まだ内装はできていない。壁もない。
下はまだコンクリートで、床はできあがっていない。
板をはめるための短い柱が規則的に配置されている。
端の方まで歩くと、道路が下に見え、20階ぐらいだと思う。
柵とかはないし、風も強いので、落ちてしまいそうで怖い。
上を見ると、夜空には雲がかかり、雨がパラパラと降っている。
星はみえない。
その時、奥から隆一が歩いてきた。
顔色は悪く、もう昔のような溌剌とした姿はどこにもない。
ただ、誰かのお金にたかり、現実から逃げ出したい表情。
どうして、こんなくだらない男性と結婚をしたのかしら。
ただ、小学校の時に同じクラスだっただけなのに。
小学校で、彼の記憶なんて何もない。
一緒に暮らしている時も、最初から愛情なんて欠片もなかった。
成り行きで結婚しただけ。楽しかった記憶もない。
ただ、私が一方的に彼の面倒を見ていただけ。
本当に、お荷物だった。
唯一、私が倒れた時に、私を病院に運び、真摯に看病をしてくれた。
でも、今から思うと、それは私のお金が目当てだったのかもしれない。
いえ、そうに決まっている。
「もう、俺には逃げ道はないんだ。お前のお金に頼るしかない。お願いだ。」
「命を助けてくれたことには感謝してるわ。でも、私も生きていかないといけないし、そんな大金は出せない。ごめんなさい。」
隆一は、私の腕を掴んだ。
私が隆一の手を噛むと、たじろぐ。
その時に、外側に手をひっぱり連れて行った。
外に押した途端、私は腕をひっぱられる。
いつの間にか位置は逆転してしまい、私は床の縁に立たされていた。
「すまない。お金を払ってもらえないのであれば、おまえには死んでもらって、遺産は無理だとしても、保険金をもらうしかない。離婚前に僕を受取人にしている保険がまだ続いているんだ。これまで、ありがとう。思い返せば、楽しかった。」
そして、私はビルから突き落とされ、ビルから落ちてしまう。
ただ、自分だけが死ぬのは許せない。
隆一の腕をつかみ、二人で落下していった。
すごい速度でビルの鉄骨が通り過ぎる。
でも、不思議と、スローモーションのようにも見えていた。
一緒に落ちる隆一が失敗したと呟いている声がわずかに聞こえた。
私は、巻き添えにできたと隆一に微笑む。
隆一は、何がそんなに楽しいのかと私の目を見つめる。
激しい風を受けながら、ふと考えていたことがある。前から疑問があった。
殺人ゲームアプリって、どうして殺すだけなのにゲームって言うのかって。
どちらが生き残るかというゲームだったのではないかと思った。
しかも、双方がアプリでお互いに指名すると対戦になるんじゃないかしら。
そういう仕組みだったのかもしれない。
こちらが嫌いな人は、相手も私のことが嫌いということが多い。
だから、お互いに指名することはよくある。
そんな仕組みだということであれば、これまでの疑問が解消する。
両親も、生意気だった私を殺そうとしていたのかもしれない。
担任も、澪も、凪沙も私を殺そうとしていた気がする。
私も邪魔だと思っていたのだから、文句は言えない。
今回は、あいこということかもしれない。
そういうゲームの結末もある。
お互いに、相手を亡き者にし、自分も死ぬ。
これで、殺人アプリゲームは1つ、この世からなくなる。
良かったのかもしれない。
私の人生は何だったんだろう。
別に、生きてきた意味なんてないのかもしれない。
みんなそんなものだと思う。
ほんの1分もない時間だと思うけど、いろいろ考えていた。
そういえば、さっき、隆一の後ろに誰か女性がいたような。
よく見えなかったけど、花恋に似ていた。
でも、今更、確認はできない。
隆一と花恋ができていて、私の前で演技をしていた?
そして、隆一に私の名前をアプリに書かせるように花恋が誘導した?
そういえば、隆一が香港にいる時に、花恋はよく香港旅行をしていた。
一緒に香港で過ごしていたのかもしれない。
香港で、隆一の事業が失敗するように仕掛けていたのかもしれない。
あの、いつも私に親切にしている顔で、私を裏切っていた?
でも、花恋はとても心が清らかな子。
そんなこと、あるはずがない。
でも、人の心は分からない。
もし、花恋が裏切っていたとすれば、いつから?
私が隆一として紹介した時だったのかもしれない。
隆一は結婚後、すぐに私への関心は薄れていった。
私が隆一に冷たくしたからだと思っていた。
でも、それは間違いだったのかもしれない。
花恋が、私から、隆一の心を奪ったのかもしれない。
でも、花恋の恋バナからは、隆一が好みには思えない。
では、最初から何か狙いがあって、私に近づいた?
そんなはずがない。あんなに仲良くしていたのに。
いえ、私を騙そうと、最初から演技をしていたのかもしれない。
でも、花恋に恨まれるようなことは思い当たらない。
そんなことも気づかないのかと、睨んで私を見ている花恋の顔が浮かんだ。
でも、もうそんなことを考えても遅い。
私と隆一は、アスファルトに叩きつけられた。
降りしきる雨で頭から出た血は、道路に広がっていく。




