欲するもの
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
需要。
なんか漢字だけ見ると、やたら難しい印象があるけれど、ざっくばらんにいうと人の欲しいと思うパワーというか、熱だと思うんだよねえ。
最近、けーざいのことをちょっと聞きかじって、この需要と供給のこと考えると「は~」て思ったんだよ。自分の好きなことと世の中求めていることが合致するって、とんでもなくハッピーだってことにさ。
で、この需要。あくまでパワーであって、単純な人数の多さとか表すわけじゃないっていのが僕の考え。ほら、カルト的な人気を誇るグループとかゲームとかあるでしょ?
ファンの人数で比べたら、メジャーなものにはかなわない。でもその総熱量は、ひょっとするとメジャーに勝るんじゃないかと思うんだよね。
そりゃあ人数増やしたい気持ちわかるよ。支持してくれる人が増えれば増えるほど、目に見えやすくて優越感が増すっしょ? でも限られた人数ながら、めちゃくちゃ関心を持ってくれる人ばかりだったら、どちらが個人的に幸せ?
100万人が100円しか出してくんないのと、100人が100万円出してくれるのは変わんないからさ。もしディープなファンがいてくれるなら、徹底的に彼らを大事にしてもいいんじゃない? なんてね。
そして、そのための供給を用意し続けることもまた大事。売る相手のこといくら考えても、提供できる人、技、資金がなきゃ絵にかいた餅だしねえ。バランスむずかしい。
そんで……仮に用意ができたとしても、あまりにディープなファンひとりだけ、というのもある意味考えものかもね。
友達が話してくれたことなんだけどさ。ちょっと聞いてみない?
『その目、今日もきれいだね』
起きるや、最初に目にした文がそれだったという友達。
昨晩はすこぶる疲れていて、風呂も着替えもおっくうで、そのままベッドへ横になった。
それでも寝る前にスマホをいじることは外せない。ネットサーフィンもしたいし、このところは詩とも小説ともつかない駄文をメモ帳に書きつけるようになっていた、とは友達の談。知らぬ間にうとうと寝落ち……ということも珍しくなくなってきたようだ。
だから最初は、また自分が書いていた文章の半端なフレーズどまりか、と思ったらしい。
けれど妙なことに、寝る前に書きつけていたケータイのメモ帳ではあるものの、自分が書いた文章はいくらかスクロールしなくては見えないほど上部にあったらしい。
下へ下へスクロールを繰り返し、あまつさえこのフレーズを書き残した。前者は寝ぼけながらできても、後者などはこうはいかないだろう。いや、それも自分が熟睡して記憶が残っていないだけか?
ボケているのかと思い、スルーした友達だけど、それから10日の間に3度。同じことが起こったのだそうだ。最後の三度目などは夜ではなく昼間、ソファで横になりながらケータイを握っていたときらしい。ちょっと昼寝してしまった、十数分の空白の間らしかった。
ケータイを手放しがたい現代人の習性と片づけるには、気味が悪い。友達はつい久しぶりに実家へ連絡をとってみたそうなんだ。
友達のお母さんは、この手の不思議な話を見聞きすることが好きなうえに、実家の関係でちょっとしたまじないにも通じているのだとか。
「それはあんた、狙われているね……あんたの目の大ファンに」
内容を受けて母親は、そう返したのだそうだ。
このところ、静かにその数を増しているらしい。人の目のファンになるものが。
母親の見立てだと、その無意識のメッセージが打たれている時点でもはや身体の中へ入り込まれてしまっているらしい。じかに頭をいじれるところまできているんだ。
「放っておくと、あんたは目ん玉を持っていかれる。ファンたる、そいつにね。それを防ぐには、こうしてやるといい……」
母親からアドバイスを受けた友達は、それからちょっとでも眠ってしまうとき、手鏡をそばに置いておくようにしたという。
ケータイは手放さずに、あえてそのままにした。どこにしまおうが、意識のないうちに回収してしまうだろうし、破壊などはもってのほかだ。
ファンの自己陶酔じみた予告。それを受け取るすべを失ってしまうためだ。
そうして半月ほど。
何度目か、また目を褒められたのち、目覚めた友達は例のケータイのメモに書かれた文を見る。
『いただきます』。
それは母親に注意された通りだった。
友達はすぐさまケータイを手放し、そばに置いた手鏡をとって自分の顔を映す。
そこに映る自分の顔、さんざん褒められた自分の両目からはこのとき、白目の部分が失われていた。ただ真っ黒く塗り潰されているかと思われたんだ。
しかし、鏡に映るや虹彩のまわりの黒たちは、たちまち無数の糸がほころぶような形で乱れ、薄れて、消えていってしまったのだそうだ。
母親に報告すると、それで友達の中から目にご執心なやつはいなくなっただろう、とのことで、実際に目覚めたときにケータイへ打った覚えのない文章が書かれることもなくなったのだとか。




