【序章】役割分担という名の境界線
ダンジョンの中は、静かだった。
湿った空気。
石壁に反響する、足音だけがやけに大きく聞こえる。
「足元、滑るぞ」
アレクシエルが小声で言う。
「了解」
五歩後ろ。
約束通りの距離。
彼の背中は、思ったよりも大きい。
剣を構える姿勢に、一切の迷いがない。
(……前衛として完成してる)
最初の魔物は、洞窟ネズミだった。
数は二。
アレクシエルが、迷わず踏み込む。
一閃。
二体とも、ほとんど抵抗なく倒れた。
「問題なし」
「だね」
感情は、安定。
揺れがない。
(この状態じゃ、魂術は狙えない)
奥へ進むにつれ、空気が変わる。
魔物の“意思”が濃くなっていく。
次に現れたのは、ゴブリン。
三体。
「……来るぞ」
アレクシエルの声が、低くなる。
戦闘開始。
彼は強い。
一体目を即座に切り伏せる。
二体目。
連携を取ろうとした瞬間を見切り、間合いに入る。
だが――
三体目が、回り込んだ。
「――左後ろ!」
「ッ!」
反応は速い。
だが、完全ではない。
浅い切り傷。
血が流れる。
その瞬間、感情が跳ねた。
怒り。
焦り。
そして、負けたくないという強烈な意志。
(……いい)
だが、まだ足りない。
魂術は、感情の“最大振幅”を要求する。
この程度では、縛れない。
「零、まだか!」
「もう少し!」
アレクシエルが、歯を食いしばる。
ゴブリンが叫ぶ。
仲間が倒れ、追い詰められた恐怖。
憎悪。
混乱。
感情が、一気に跳ね上がる。
(――来た)




