【序章】ダンジョンへの誘い
ギルドの掲示板の前に立つと、空気が一段重くなる。
紙切れ一枚一枚に、命の値段が貼られているような感覚。
初心者向けの討伐依頼、採取依頼、その中に――一枚だけ、異質なものが混じっていた。
「北部新規ダンジョン調査」
報酬は高い。
その代わり、注意書きがやたらと多い。
推奨三名以上
初心者非推奨
死亡事例あり
赤字が、やけに目に刺さる。
(……背伸び、しすぎか)
魂術師という職業に就いてから、僕はずっと“選択”を迫られている。
安全を取れば、経験が積めない。
経験を取れば、命が危うい。
「それ、やめといた方がいいわよ」
背後から声をかけられた。
受付嬢だ。帳簿を抱え、少しだけ眉をひそめている。
「最近、そのダンジョンで負傷者が続いてるの。
半端に実力がある人ほど、引き際を誤るわ」
「半端、ですか」
「ええ。特にソロは」
言外に、「あなたも含めて」と言われているのが分かる。
反論する気はなかった。
魂術師は、決まれば強い。
だが、決まらなければ――ただの足手まといだ。
依頼書に手を伸ばそうとした、その時。
「それ、俺も見てた」
聞き覚えのある声。
振り返ると、アレクシエルが立っていた。
剣を腰に帯び、背筋は相変わらず真っ直ぐ。
感情の色は、落ち着いている。
「一人で行くつもりか」
「そのつもりだったけど」
「やめろ」
即答だった。
強い否定。
だが、感情は荒れていない。
「お前は前に出る職じゃない」
「ずいぶんはっきり言うね」
「事実だ」
冷たい言葉の奥に、微かな揺れ。
――心配。
「俺が前に出る。
お前は後ろで、見てろ」
それは、命令口調だった。
だが、不思議と腹は立たなかった。
(合理的だ)
彼は前衛。
僕は、条件が揃った時に“終わらせる役”。
「……分かった」
そう答えると、アレクシエルは一瞬だけ目を瞬かせた。
「即答だな」
「君の判断は正しいと思う」
「……ふん」
鼻を鳴らすが、感情はわずかに上向いた。
「パーティは仮だ。
互いに合わなければ、それまで」
“仮”という言葉に、含みを感じる。
本当は、もう少し続けるつもりなのだろう。
女神アリフィカの声が、頭の奥に響いた。
『いいの? ああいう騎士、後で面倒よ?』
「分かってる」
『なら、どうして?』
「……感情が読みやすい」
一瞬、女神の気配が止まった。
『零?』
「冗談だよ」
半分は、本当だったけど。
こうして僕たちは、
“仮のパーティ”としてダンジョンに向かうことになった。
この選択が、
やがて帝国すら巻き込むことになるとは――
今は、知る由もなかった。




