【暴食の章】魔力は枯れない
翌朝の食都は、昨日よりも一段と騒がしかった。
祭りが近づくにつれて、人の流れは外へ外へと広がっていく。屋台の準備をする商人、警備の配置を確認する騎士、浮き足立った子どもたち。中心部だけでなく、郊外にまでその熱は伝播していた。
そんな喧騒から少し離れた場所で、ひとり歩いていた。
食都の外縁――外樹のさらに向こう。
整備された街道を外れ、獣道に近い細い道を進んだ先に、それはあった。
「……ダンジョン、か」
大仰なものではない。
地面が陥没するように口を開け、岩と土が露出しただけの小さな穴。周囲に人の手が入った痕跡もない。自然発生型の、ごく低層のダンジョンだろう。
祭り前で人手が足りないのか、あるいは危険度が低すぎて放置されているのか。理由はどちらでもいい。
一瞬、引き返すという選択肢が頭をよぎる。
だが、昨夜の停滞感が、足を止めさせなかった。
腰のポーチを確かめる。
魔道具は十分に揃えてきていた。
簡易結界札、魔力探知盤、拘束符、属性触媒。
直接的な戦闘力は乏しいが、準備だけは抜かりない。
「少しだけ、様子を見る」
そう決めて、ダンジョンの中へ足を踏み入れた。
中は思った以上に乾いていた。
湿気は少なく、壁面には金属成分を含んだ鉱石が混じっている。微弱だが、魔力の流れも安定している。
低層ダンジョンとしては、条件がいい。
数分も進まないうちに、気配を感じた。
魔力探知盤が、静かに振動する。
「来たか」
現れたのは、小型の魔物だった。
獣型に近いが、目が異様に多い。爪は鋭いが、動きは単調。
即座に距離を取り、拘束符を投げる。
符が空中で展開し、魔物の足元に絡みつく。
一瞬の硬直。
そこへ、魂縛石をかざす。
詠唱は短く、最低限。
魔道具による補助で、魂の輪郭を一気に引き寄せる。
抵抗は弱かった。
魂が引き剥がされ、石へと吸い込まれていく感覚。
魔物の身体が崩れ落ち、霧のように消散する。
「……成功、か」
拍子抜けするほど、あっさりだった。
だが――
その直後、違和感が走る。
胸の奥。
魔力が、残っている。
魂術を使えば、必ず訪れるはずの空虚感がない。
枯渇まではいかずとも、確実に消耗するはずなのに。
「……?」
意識を内側に向ける。
確かに使った。
魂を縛り、術式を展開した。
それなのに、まだ余力がある。
「……そういえば」
ふと、記憶が引っかかる。
クラウソラスの研究所。
埃を被った書架の奥で見つけた、走り書きに近い資料。
――魔力は資源ではない。
――身体機能の一部であり、筋肉と同様に“育つ”。
当時は理論として読んだだけだった。
だが、今なら分かる。
魔力は消費されるものではなく、使われることで拡張される。
「……成長、してるのか」
魂術を使ったのに、まだ余裕がある。
それは回復ではない。容量そのものが、わずかに増えている。
背筋が、ぞくりとする。
これは、大きい。
もしこの仮説が正しいなら――
魂縛は、単なる戦闘手段ではない。
成長を加速させる行為そのものだ。
「……攻略するか」
自然と、そう口にしていた。
この小さなダンジョンは、検証にちょうどいい。
危険度は低く、環境も安定している。
慎重に、しかし引き返さず、奥へ進む。
魔物は何体か現れたが、どれも脅威ではなかった。
魔道具を使い、魂縛を重ねる。
そのたびに、魔力の底がわずかに広がっていく感覚がある。
確信に近い手応え。
だが――
気づいていなかったわけではない。
背後。
一定の距離を保ちながら、
こちらの動きに合わせて、微かに揺れる気配。
振り返っても、何も見えない。
探知盤も、反応しない。
それでも、いる。
「……誰だ」
答えはない。
ダンジョンの奥から、冷たい空気が流れてくる。
その流れに紛れるように、影は、確かに存在していた。
この探索は、
“偶然”では終わらない。
そう直感しながら、さらに奥へと足を進めた。




