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【暴食の章】彼女が彼らを拾った日

 研究所の奥、焼け落ちた書棚の裏に、もう一つだけ隠された記録があった。


 紙媒体だ。


 魔導技術が高度化した時代において、意図的に魔術を用いず残されたもの。


「……日誌か」


 小さく呟く。


 クロノスは一瞬だけ視線を逸らし、低く言った。


「それは……彼女の“最後の記録”だ」


 紙は黄ばみ、端は擦り切れている。

 それでも、文字は丁寧で、驚くほど整っていた。


『今日は、餓鬼の外樹で三人の子供に出会った』


『皆、痩せていて、目だけが大きかった』


『それでも――生きるのを諦めてはいなかった』


 ゆっくりとページをめくる。


『最初に私を見た時、彼らは逃げなかった』


『怯えていたが、睨んでいた』


『あの目を、私は知っている』


『かつての私と、同じだ』


「……拾ったんじゃないんだな」


 サミエムが言う。


「選んだんだ」


 クロノスが答える。


『私は、もう復讐を終えた女だ』


『いや、終えたのではない。燃え尽きただけ』


『だからこそ、彼らを導く資格があるのかもしれない』


 次の頁には、三人それぞれについて短い記述があった。


『一人目の子は、時間に異様な感覚を持っていた』


『怪我をしても、泣くより先に“原因”を探す』


『恐怖よりも、理屈を優先する子』


『この子は、聞かないだろう』


『だが、考える』


 クロノスは、その記述を見つめたまま動かない。


『二人目の子は、空間を掴むような癖がある』


『距離を測るのが上手で、常に全体を見ている』


『人当たりが良く、誰とでも話す』


『だが、踏み込みすぎない』


『才能は、三人の中で随一』


 おぼろげなリオネルの姿を思い浮かべる。


『三人目の子は、魂に触れる』


『自覚はない』


『だが、人の感情に過剰なほど敏感』


『傷つくのを恐れている』


『だからこそ、強くなる』


 ページをめくる指が、少しだけ重くなった。


『私は、彼らに“正しさ”を教えない』


『教えるのは、選び方だ』


『奪うのか』


『救うのか』


『見捨てるのか』


 日誌は、淡々と続く。


 狩りの方法。

 文字の読み方。

 魔力の制御。


 だが、戦いの記述は少ない。


『戦う理由を、先に持たせてはいけない』


『力は、後からでいい』


「……この人らしいな」


「クラウソラスとは、真逆だ」


 クロノスは、ゆっくりと懐かしむように言う。


『三人は、私を“母”と呼ばない』


『それでいい』


『私は、導くだけの存在だ』


 しかし、ある頁で、筆致が乱れる。


『ベヒーモス討伐の話が出た』


『国は、私を重要戦力と見ている』


『候補から外された』


『――正しい判断だ』


 行間に、沈黙が滲む。


『だが、彼は選ばれた』


『魂術師として、駆け出しの彼が』


 息を呑んだ。


『不安に震える彼を見た』


『止めるべきだった』


『だが私は――』


 その先は、破られている。


 代わりに、別の頁が差し込まれていた。


『私は、独断でベヒーモスへ向かった』


『教師としてではない』


『母としてでもない』


『一人の、愚かな女として』


 クロノスが、静かに口を開く。


「……彼女は、戻らなかった」


「相打ち……なんだよな」


「そうだ」


 クロノスの声は、淡々としている。


「だが、彼女は笑っていたと聞いた」


 日誌の最後の頁を見る。


『彼らは、別々の道を行くだろう』


『それでいい』


『私は、もう選ばない』


 日誌は、そこで終わっていた。


 しばらく、誰も言葉を発しなかった。


 やがて、俺が訪ねる。


「……クロノス」


「なんだ」


「知ろうとしなかったんだな」


 クロノスは、否定しない。


「聞けば、止められなかった理由が分かる」


「それが、嫌だった?」


「……違う」


 少しだけ、間が空く。


「理解したら、彼女の選択を肯定してしまう」


 主人公は、はっとする。


「それは――」


「犠牲を、正当化することになる」


 クロノスは、低く続けた。


「俺は、それだけは出来なかった」


 主人公は、感情の色を見る。


 黒に近いが、完全な闇ではない。


「……だから、あの一言か」


「許せとは言わない。だが理解はしてやってくれ」


 クロノスは、静かに言う。


「理解は、肯定じゃない」


「だが、無視でもない」


 研究所の外で、風が吹いた。


 三賢者という存在の根が、確かにそこにあった。


 愛と後悔。

 選ばなかった未来。


 胸の奥で噛み締める。


 この先で殺す帝王も、

 この先で壊す均衡も、


 すべては――

 誰かが選んだ結果なのだと。

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