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【暴食の章】外樹の夜

 餓鬼の外樹に、夜が落ちるのは早い。


 一番街では、日が沈めば代わりに灯りが増える。

 魔導灯が一斉に灯され、昼よりも賑やかになることすらあるという。


 だが、外樹は違った。


 日が傾くにつれて、光は減っていく。

 灯りをともす油も、魔力も、ここでは貴重品だ。


 通りに立つ灯火はまばらで、ほとんどが消えかけている。

 人影はさらに少なくなり、家々の扉は早々に閉ざされていた。


「……夜になると、余計に息が詰まるな」


 サミエムが、低く呟く。


 昼間よりも、感情の色はさらに沈んでいた。

 灰色は濃くなり、所々に黒が混じる。


 恐怖ではない。

 絶望とも、違う。


 これは――警戒だ。


 何かが起こることを前提にした、静けさ。


「治安は、ここが一番悪い」


 クロノスが、歩きながら言った。


「騎士団は?」


「巡回はある。だが数は少ない。意味がないからな」


「意味がない……?」


「事件が起きても、解決できない」


 淡々とした口調だった。

 感情を挟まない事実の説明。


「飢え、病、失踪。原因を一つ潰しても、次が出る。国家としては、効率が悪い」


 主人公は、歯を食いしばる。


 正しい。

 理屈としては、正しい。


 だが、その正しさが、ここでは人を削っていた。


 路地の奥から、かすかな物音がした。


 金属が擦れる音。

 短く、抑えた声。


 主人公は、足を止める。


「……来る」


 次の瞬間。


「動くな!」


 路地から、三人の男が飛び出してきた。


 顔には布を巻き、手には刃物。

 盗賊――というより、半ば自棄になった住人だと、すぐに分かる。


 感情の色が、ひどく濁っていた。


 怒りと焦りが混じり、制御されていない。


「金だ! 食い物だ! 全部置いていけ!」


 声が震えている。


 主人公は、即座に魂術を展開しかけ――止めた。


(だめだ)


 ここで縛るべき相手ではない。


 サミエムが、一歩前に出る。


 剣は抜かない。

 だが、足運びが変わった。


「……やめておけ」


「何だてめぇ!」


「今なら、引き返せる」


 男の一人が、嘲笑した。


「引き返す場所なんて、もうねぇんだよ!」


 刹那。


 空気が、歪んだ。


 クロノスが、指を鳴らす。


 男たちの足元の影が、不自然に伸び、絡みつく。


「ぐっ……!?」


「動くな。怪我はさせない」


 影縛り――高位魔術ではない。

 だが、精密で、無駄がない。


 男たちは、膝をついた。


 息を荒げながら、必死に抵抗する。


「殺せよ……! どうせ俺たちは……!」


 主人公は、男の目を見る。


 そこにあるのは、恐怖ではなく、諦めだった。


「……殺さない」


 静かに言う。


「俺たちは、通りがかっただけだ」


「……じゃあ、何しに来た」


「見るためだ」


 男は、理解できないという顔をした。


 その反応が、痛かった。


 クロノスは影を解く。


「行け」


「……なに?」


「次に会った時は、捕まえる。だから今は行け」


 男たちは、しばらく呆然としていたが、やがて何も言わず、闇に消えた。


 後には、重苦しい沈黙だけが残る。


「……これが、外樹の夜か」


 サミエムが、ぽつりと言った。


「戦っているのに、敵がいない感じがする」


 主人公は、頷く。


 剣を振るう理由がない。

 魔術を撃つ意味もない。


 それでも、確かに“戦場”だった。


 クロノスは、空を見上げた。


 外樹の上空には、巨大な幹が影を落としている。

 食都を支える象徴の樹。


「……ここを放置したまま、国は平和を語る」


 その声には、わずかだが、色があった。


 濁った青。

 怒りではない、諦観でもない。


「帝王も、三賢者も、皆それを知っている」


 主人公は、彼を見る。


「……それでも、止まらない?」


「止めれば、国が止まる」


 クロノスは、ゆっくりと息を吐いた。


「だからこそだ。ここから目を逸らさない者が必要になる」


 主人公は、その言葉を胸に刻む。


 まだ、自分が何をするのかは分からない。

 だが――


 この街の裏側を見てしまった以上、

 何も知らなかった頃には、もう戻れない。


 外樹の夜は、静かだった。


 だがその静けさは、

 確実に、嵐の前触れだった。

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