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【暴食の章】まだ、終わらせない

 焚き火が、低く唸るように音を立てていた。


 夜は深い。

 だが眠れる者は、一人もいなかった。


 セレンの言葉が、重く残っている。


 ――相打ち。


 それは、勝利でも敗北でもない。

 ただ、終わらせるための手段だ。


 俺は、無意識のうちに自分の手を見つめていた。


 この手で、何ができる?


 魂術師として、俺は確かに力を持っている。

 だが、万能ではない。


 感情の揺れを捉え、最大化した瞬間に呪文をかける。

 それが魂縛。


 だが金色熊は――。


(感情が、ほとんど無い)


 思い出す。

 山中で感じた、あの違和感。


 恐怖も、怒りも、執着も。

 生物なら必ず持つはずのそれらが、極端に薄い。


 まるで――機械。


「……零」


 アレクシエルが、低い声で呼んだ。


 振り返ると、彼女は焚き火の向こう側に座っている。

 剣を磨きながらも、視線はこちらに向いていた。


「お前、何か考えているだろ」


 否定できない。


「金色熊の話を聞いて、だ」


 俺は、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「魂縛が通じるかどうかは分からない。

 でも――」


 言葉が、自然と止まる。


「“通じる条件”なら、作れるかもしれない」


 サミエムが、顔を上げた。


「条件?」


「ああ」


 俺は、セレンを見る。


「金色熊は、金を食う。

 純度で性能が変わる。

 魔法の効きやすさも、摂取した金次第だ」


 セレンの目が、わずかに細くなる。


「それが、どうした」


「不安定になった瞬間」


 俺は、 “感情を見る” 。


 セレンの中に、一瞬だけ揺れる色。


 ――期待と、否定。


「機械に近い存在でも、不具合が起きれば反応は出る」


 空気が、変わる。


「恐怖じゃなくてもいい。

 混乱、異常、拒絶。

 “状態変化”でも、感情の揺れは生まれる」


 サミエムが、息を呑む。


「……魂縛の、条件を満たせる?」


「可能性は、ゼロじゃない」


 断言はしない。

 だが、逃げもしない。


 セレンは、長い沈黙の後、口を開いた。


「お前は……」


 声が、少しだけ震えている。


「俺の覚悟を、否定するのか」


 否定ではない。


「別の選択肢を、提示しているだけです」


 俺は、真っ直ぐに見る。


「あなたが死ぬことで終わるなら、それでいい。

 でも――」


 胸の奥が、熱くなる。


「この山は、何度でも同じ悲劇を繰り返す」


 アルシャルノ山。

 未踏であり続けた理由。


 それは単に強敵がいるからじゃない。


 挑む者が、必ず何かを失う構造だからだ。


「俺は、終わらせたい。

 “相打ち”じゃなく」


 沈黙。


 焚き火が、ぱちりと弾ける。


 その時――。


 ふっと、視界の端が歪んだ。


 誰もいないはずの場所に、

 “何か”がいる。


 直接、見えない。

 だが、確かにそこにある。


 感情を、見る。


 ――黒。


 深く、底が見えない黒。


(……アリフィカ)


 名前を呼ぶことは、しない。

 だが分かる。


 彼女は、見ている。


 直接手を出さない。

 言葉もない。


 ただ、選択の行方を。


 ――世界の秩序を取り戻すという、使命のために。


 俺は、静かに息を吐く。


「セレン」


 呼びかける。


「あなた一人に、背負わせない」


 彼は、苦く笑った。


「若いな」


「そうかもしれない」


 それでも。


「でも、俺は魂術師です」


 セレンの目が、わずかに見開かれる。


「魂を縛る力は、殺すためだけじゃない」


 言葉にすると、覚悟が固まる。


「終わらせるために、縛る」


 夜が、深まっていく。


 誰も、もう止めなかった。


 決意は、伝わったのだろう。


 サミエムが、剣を握り直す。


 アレクシエルが、静かに頷く。


 セレンは、焚き火を見つめたまま、呟いた。


「……分かった」


 声は、まだ震えている。


「だが覚えておけ」


 彼は顔を上げる。


「一歩でも判断を誤れば、全員死ぬ」


「はい」


 即答だった。


 恐怖はある。

 だが、退く理由にはならない。


 遠く、山の奥から、低い唸り声が響いた。


 金属が擦れるような、不快な音。


 金色熊は、確かにそこにいる。


 ――そして。


 誰にも見えない場所で、

 女神アリフィカは、ほんの僅かだけ、感情を揺らした。


 それが希望なのか、絶望なのか。

 まだ、誰にも分からない。


 だが一つだけ、確かなことがある。


 アルシャルノ山の物語は、

 ここから本当の意味で、動き出した。

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