【序章】競争と、見えない一線
スライムは、思ったより数がいた。
草原の奥。
日当たりの悪い場所に、三体。
アレクシエルが、迷わず前に出る。
「先に行く」
「どうぞ」
返事をした瞬間、彼はもう走り出していた。
剣を抜く動作に無駄がない。
――速い。
純粋な身体能力と、鍛錬の積み重ね。
名門騎士の名に、偽りはなかった。
一体目。
正面から斬り伏せる。
二体目。
跳躍を予測し、空中で切り落とす。
「……ちっ」
三体目が、予想より素早く跳ねた。
剣が浅い。
スライムの体液が飛び、アレクシエルの腕にかかる。
感情が、一瞬だけ揺れた。
焦り。
苛立ち。
(危ない)
その揺れを、僕は見逃さなかった。
「右!」
「――ッ!」
反射的に、彼が動く。
背後から迫っていたスライムの突進を、ぎりぎりでかわした。
「今だ!」
アレクシエルの感情が、跳ね上がる。
怒りと、恐怖と、負けたくないという執念。
だが――
僕は、動かなかった。
(まだ……足りない)
魂術を使うには、揺れが弱い。
この程度では、詠唱が通らない。
結局。
アレクシエルが、力任せに三体目を斬り伏せた。
息を荒げ、膝に手をつく。
「……はぁ、はぁ……」
僕は、無傷だった。
それが、彼には気に入らなかったらしい。
「……なんで、手を出さなかった」
「競争だって言ったでしょ」
「……ふざけるな」
感情が、赤黒く濁る。
「お前、俺が危ないのを分かってただろ」
「分かってた」
正直に答える。
「……じゃあ、なんで」
「君が対処できると思ったから」
その一言で、彼の感情が爆ぜた。
「……俺を、試してたのか?」
「結果的には」
沈黙。
風が草を揺らす音だけが、響く。
「……気に食わない」
アレクシエルは、剣を収めた。
「だが……」
こちらを見る。
真っ直ぐな視線。
「お前がただの腰抜けじゃないことは分かった」
感情の色が、少し落ち着く。
苛立ちの奥に、別の色。
――認識。
「次は、俺が勝つ」
それは宣戦布告だった。
魂術師として、僕は理解してしまう。
この騎士は、
これから何度も“感情を揺らす存在”になる。
強力で、危険で、
そして――手放せない相棒に。
女神アリフィカが、耳元で小さく笑った。
「ふふ、いい人材じゃない」
その笑い声の奥に、
わずかな焦りが混じっていることに、
僕は気づかないふりをした。




