【序章】三日後の約束
呼び出しは、竜祭の翌朝だった。
まだ街が、熱に浮かされている時間帯。
宿の扉を叩いたのは、強欲帝直属の使者だった。
「帝がお呼びだ」
それだけ告げて、踵を返す。
拒否という選択肢は、最初から存在しない。
――玉座の間。
以前と同じ場所。
だが、空気はまるで違っていた。
「見事だった」
マモンは、玉座に腰掛けたまま言った。
声は低く、だが愉快そうだ。
「竜を一人で斬る」
「あの掟の中で、だ」
視線が、サミエムに向く。
「価値がある」
賞賛。
だが、そこに情はない。
それは、品定めだ。
「……光栄です」
サミエムは、短く答えた。
感情を見る。
昂りはある。
だが、浮かれてはいない。
竜祭を生き延びたことで、彼は一段階、世界を理解した。
「さて」
マモンは、指を組んだ。
「次の話だ」
空気が、張り詰める。
「三日後」
その一言で、全てが変わる。
「クラウソラスが、ここへ来る」
断言だった。
疑う余地はない。
「理由は?」
僕が問う。
マモンは、微笑んだ。
「竜素材だ」
「そして――」
一拍置く。
「お前だ」
胸の奥が、ざわつく。
「そこで、終わらせろ」
それ以上の説明はない。
「どうやって?」
アレクシエルが言う。
マモンは、肩をすくめた。
「それを考えるのは、お前たちだ」
「俺は、場を用意する」
「結果だけを、受け取る」
立ち上がる。
「忘れるな」
「俺は、味方じゃない」
「使えるから、使う」
それだけだ。
退室。
残された空間で、誰も言葉を発せなかった。
三日。
短すぎる。
だが――逃げられない。
***
訓練場。
朝から、剣の音が響いていた。
サミエムは、一人で立っている。
対峙する相手はいない。
だが、視線の先には――仮想の敵がいる。
「型を捨てるな」
アレクシエルが、低く言う。
「アレクシエル家奥義は、“速さ”じゃない」
「一撃だ」
踏み込み。
剣を振る。
空を裂く音が、遅れて響く。
確かに、違う。
これまでの剣とは、質が違う。
「……重い」
サミエムが呟く。
「重くていい」
アレクシエルは、答えた。
「覚悟を、乗せろ」
一振り、一振りが、消耗を伴う。
だが、止めない。
その隣で――
「刻印、歪んでる」
ヘリオが、淡々と指摘した。
サミエムの剣に、再びエンチャント器具が当てられる。
「雷属性は、相性がいい」
「だが、流しすぎだ」
「剣が持たない」
「……加減が、分かりません」
「分かるまで、やる」
容赦はない。
魔力を流す。
刻印が、軋む。
失敗。
剣が、弾けそうになる。
「止めろ!」
ヘリオの怒声。
「今のは、剣を殺すやり方だ」
サミエムは、歯を食いしばった。
「三日しかない」
「だからこそ、基礎だ」
ヘリオは、視線を逸らさない。
「才能はある」
「だが、才能だけで来た奴は、必ず死ぬ」
言葉が、重い。
サミエムは、深く息を吸った。
「……もう一度」
再挑戦。
今度は、慎重に。
魔力を、剣に“置く”感覚。
刻印が、安定する。
淡い光。
「……それだ」
ヘリオが、頷いた。
夕暮れ。
訓練場には、汗と魔力の匂いが満ちていた。
三日後。
クラウソラスが来る。
その事実だけが、全員の胸に重く沈んでいる。
だが――
逃げない。
準備は、始まった。
それぞれのやり方で。
それぞれの覚悟で。
三日後は、もう目前だった。




