【序章】竜祭の剣
竜祭当日。
空は、不気味なほど澄んでいた。
雲一つない青空。
だが、誰もそれを祝福とは思っていない。
ラクスウェル郊外――
龍脈の噴き出す渓谷。
そこに立つのは、一人だけだ。
「……本当に、一人でいいんだな」
アレクシエルの声は、硬い。
「掟だ」
サミエムは、短く答えた。
その表情に、迷いはない。
観衆は遠巻きだ。
歓声はない。
あるのは、期待と恐怖が混じったざわめきだけ。
祭りというより――処刑場に近い。
「これを使え」
ヘリオが、サミエムに小さな器具を渡す。
銀色の金具に、細かな魔術刻印。
「即席だが、武器に属性を付与できる」
「持続は?」
「短い」
即答だった。
「だが、今のお前には十分だ」
サミエムは、深く頷く。
「ありがとうございます」
剣を抜く。
騎士の剣。
レイサムから受け継いだ型を、身体が覚えている。
(俺は、まだ及ばない)
分かっている。
だが――
地鳴り。
空気が震えた。
渓谷の奥から、影が現れる。
巨大な翼。
鱗に覆われた胴体。
竜だ。
その咆哮が、鼓膜を叩く。
感情を見る。
竜には、色がない。
だが――サミエム自身の感情は、激しく揺れていた。
(恐怖……だが、それだけじゃない)
怒り。
焦燥。
そして――覚悟。
「来い……!」
竜が、地を蹴った。
炎。
避ける。
間一髪。
大地が、焼け焦げる。
「……っ!」
一撃で分かる。
正面からでは、勝てない。
ヘリオの声が、脳裏に響く。
『剣を振るな。刻め』
サミエムは、器具を剣に押し当てた。
魔力が、流れ込む。
剣身が、淡く光る。
――雷。
「……!」
次の瞬間、踏み込んだ。
レイサムの型。
だが、速さが違う。
雷の付与が、身体を押し出す。
竜の鱗に、剣が届く。
弾かれる。
だが――削れた。
「いける……!」
竜が、怒りの咆哮を上げる。
尾が、振るわれる。
避けきれない。
直撃。
身体が、宙を舞う。
「ぐっ……!」
地面を転がり、呼吸が詰まる。
視界が、白くなる。
(まだだ……!)
立ち上がる。
剣を、構える。
雷の光が、弱まっている。
時間は、少ない。
竜が、再び炎を吐く。
真正面。
逃げ場はない。
「……っ!」
サミエムは、踏み込んだ。
レイサムなら、避けた。
だが――
今は、違う。
剣を突き出す。
雷が、爆ぜる。
炎を、切り裂く。
顎の下。
柔らかい。
そこに――全力で突き立てた。
竜の咆哮が、途切れる。
巨体が、崩れ落ちた。
沈黙。
次いで、どよめき。
サミエムは、剣を支えに膝をついた。
全身が、震えている。
勝った。
辛うじて。
だが――
(今の一撃……)
脳裏に、レイサムの剣が浮かぶ。
越えた、とは言えない。
だが。
「……見えた」
可能性が。
ヘリオが、近づいてくる。
「上出来だ」
珍しく、素直な評価だった。
サミエムは、顔を上げる。
「……俺を、弟子にしてください」
即座の言葉。
「騎士としてじゃない」
「エンチャンターとして」
レイサムの背中を、追うだけでは足りない。
越えるために。
ヘリオは、しばらく黙っていた。
やがて、短く笑う。
「……面倒な弟子になりそうだ」
それは、肯定だった。
竜祭は、終わった。
だが――
ここからが、本当の始まりだ。
サミエムは、剣を握り直した。
新しい道が、開かれた瞬間だった。




