【序章】竜祭という災厄
竜祭――それは、本来祝われるものではなかった。
ヘリオの口から語られたその始まりは、あまりにも救いがなかった。
「昔、この地に一つの村があった」
強欲帝国首都ラクスウェルから、ほど近い場所。
今では地図にも残らない、小さな集落。
「ある年、竜が降りた」
それだけで、十分だった。
竜は、理由を持たない。
善悪を持たない。
ただ飛び、焼き、喰らう。
「村は、一晩で消えた」
家も、人も、畑も。
全てが、灰になった。
「生き残ったのは、一人だけだ」
男だった。
家族を失い、故郷を失い、それでも生き延びた。
「男は、竜を憎んだ」
当然だ。
だが、それだけでは終わらなかった。
「そして――追った」
復讐。
執念。
竜を追い、竜の痕跡を辿り、龍脈という存在に行き着いた。
「この地には、竜を引き寄せる流れがある」
「龍脈だ」
それは、大地に刻まれた歪み。
魔力が集まり、循環し、やがて――竜を呼ぶ。
「男の故郷は、その真上にあった」
だから、竜は来る。
一度では終わらない。
「毎年、必ず」
言葉を失った。
災害だ。
避けようのない、理不尽な繰り返し。
「男は、誓った」
ヘリオは、淡々と語る。
「二度と、竜に全てを奪わせないと」
剣を取り、竜に挑んだ。
一人で。
勝てるはずがない。
だが――死ななかった。
竜もまた、去った。
「翌年も、竜は来た」
「男は、また戦った」
「一人でだ」
そして、三年目。
噂が立ち始めた。
竜が現れる土地がある。
毎年、必ず。
そして、一人の男が、それに挑んでいる。
「各地から、力自慢が集まった」
剣士。
魔術師。
傭兵。
英雄を夢見る者。
彼らは、善意で集まったわけではない。
名声。
富。
竜素材。
欲だ。
「だが――男は、拒んだ」
助太刀を。
共闘を。
「故郷を焼いた竜は、俺の獲物だ」
その一言で、全てを拒絶した。
「助太刀した者は、処刑する」
極端なルール。
だが、誰も笑えなかった。
それは、正気ではない。
同時に――覚悟でもあった。
「誰にも、譲らない」
「誰にも、奪わせない」
「竜を狩るのは、必ず一人」
その掟は、今も残っている。
竜祭の最大の特徴。
「今では、男の名は忘れられている」
「だが、掟だけが残った」
皮肉な話だ。
復讐のために生まれた掟が、
今では、祭りとして消費されている。
「竜祭は、災害だ」
ヘリオは、そう締めくくった。
「祝うものじゃない」
「ただ、竜が来る」
「そして、誰かが一人で戦う」
僕は、感情を視た。
街に満ちる色。
期待。
興奮。
欲望。
だが、その奥底に――恐怖がある。
誰もが、知っている。
これは、死者を生む祭りだ。
「……一人で、か」
アレクシエルが、低く呟く。
「助け合えない戦いだな」
「それが、竜祭だ」
ヘリオは頷く。
「そして――」
視線が、僕に向く。
「クラウソラスが、好む舞台でもある」
納得した。
一人で戦う者。
極限の感情。
生と死の境界。
魂術師にとっても、
研究者にとっても。
これ以上ない、実験場。
「……行くんだな」
アレクシエルが言う。
「行く」
答えは、迷いなく出た。
「これは、祭りじゃない」
災厄だ。
だが――
「だからこそ、ここで終わらせる」
誰かが、一人で戦い続ける世界を。
竜祭は、もうすぐ始まる。
それが、次の戦いの合図だった。




