【序章】強欲の理由
マモンは、最初から椅子に座っていた。
まるで、この部屋が自分の執務室であるかのように。
「さて」
指を組み、こちらを見回す。
「話をしよう」
その声音には、威圧も尊大さもない。
だが、逆にそれが不気味だった。
「安心しろ。今日ここで、誰も殺さない」
殺さない、ではない。
“今日”殺さない、だ。
「……何の用だ」
アレクシエルが低く問う。
マモンは、わずかに口角を上げた。
「目的は一つだ」
「世界だ」
あまりにも簡潔な言葉だった。
「正確に言えば――世界の全てを、手に入れる」
感情を見る。
揺れは、ない。
欲望を語っているはずなのに、色が静まり返っている。
「誤解するな」
マモンは続ける。
「俺は、混沌が好きなわけじゃない」
「今の状況が、ただ――目障りなだけだ」
その一言に、背筋が冷えた。
彼は、不満を漏らしているのではない。
評価を下している。
「帝王が七人」
「それぞれが、国を持ち、力を持ち、互いを牽制する」
「誰もが、決定打を打たない」
視線が、僕に向く。
「退屈だ」
吐き捨てるように言った。
「……だから、帝王を殺す?」
僕の問いに、マモンは即座に頷いた。
「そうだ」
あまりにも自然な肯定。
「邪魔だからな」
言葉の意味が、脳に染み込むまで時間がかかった。
「王を殺すことは、戦争を意味する」
ヘリオが言う。
「国が滅びる可能性もある」
「当然だ」
マモンは、平然としていた。
「だからこそ、価値がある」
彼は立ち上がり、窓の外を見た。
「世界を手に入れるというのは、そういうことだ」
「誰もが納得する形など、存在しない」
「なら、奪う」
振り返る。
「力でな」
感情を見る。
狂気ではない。
執着でもない。
これは――確信だ。
「……クラウソラスと、取引していた理由は?」
僕が問う。
マモンは、少しだけ笑った。
「暴食帝の弱みを掴むためだ」
即答だった。
「ベルフェゴールは、危うい」
「力を持ちすぎている」
「だが、自滅の兆しもある」
彼は、軽く肩をすくめる。
「裏から動かせる駒が、必要だった」
「表の軍では、限界があるからな」
「だから、研究者が必要だった」
クラウソラス。
「魂術師に異常な執着を持つ男」
「竜素材を欲しがり」
「暴食帝の領域に、毎年顔を出す」
「都合が良すぎた」
マモンは、こちらを見据える。
「だが、状況が変わった」
「裏から動かすだけでは、足りない段階に来た」
そこで、視線が僕に刺さる。
「魂術師」
名前ではなく、役割で呼ばれた。
「お前は、殺すための存在じゃない」
「奪うための存在だ」
息が詰まる。
「帝王を殺すには、帝王級の切り札が要る」
「軍でも、英雄でもない」
「“例外”だ」
マモンは、断言した。
「だから、お前たちに目を付けた」
「逃げ回りながらも、生き残る連中に」
「そして」
一拍置く。
「クラウソラスに、狙われている連中に」
全てが、繋がる。
クラウソラスの異常な接触。
研究。
誘拐。
殺害。
「彼は、魂術師を理解しようとした」
「だが、理解できなかった」
「だから――壊そうとした」
マモンは、鼻で笑った。
「才能のない者ほど、才能に執着する」
沈黙が落ちる。
「俺は、彼を使い」
「彼は、俺を使っていた」
「だが、それも終わりだ」
視線が、鋭くなる。
「これからは、もっと直接的な手段が要る」
「お前たちのような、な」
最後に、こう言った。
「勘違いするな」
「これは、同盟ではない」
「利用だ」
それでも。
逃げ道は、ない。
「竜祭が近い」
「クラウソラスは、必ず来る」
「そこで――選べ」
扉に手をかけ、振り返る。
「狩る側になるか」
「狩られる側で、終わるか」
マモンは、何事もなかったように去った。
残された部屋で、誰も言葉を発せなかった。
世界を手に入れる。
そのために、帝王を殺す。
強欲帝マモンは、最初から――
世界を、敵に回す覚悟を決めていた。




