【序章】再訪者の影
強欲帝領の空気は、以前と同じはずだった。
街道に並ぶ商隊。
遠くで鳴る鍛冶場の音。
欲と金の匂い。
それでも――何かが違う。
「……検問、多すぎないか?」
アレクシエルが、小声で言った。
街道沿いに設けられた臨時の詰所。
鎧を着た兵士が、通行証を一つ一つ確認している。
以前来た時には、ここまで厳重ではなかった。
「クラウソラスの一件だな」
ヘリオが、淡々と答える。
「帝国内に、魂術師が潜んでいる可能性がある」
その一言で、意味は十分だった。
僕を見る視線が、重くなる。
――僕が原因だ。
通行列に並びながら、感情を見る。
兵士たちの色は、張り詰めている。
恐怖ではない。
だが、強い警戒。
感情の揺れは、小さい。
(魂縛は……無理だな)
ここで下手を打てば、即包囲だ。
「落ち着け」
ヘリオが、低く言う。
「この国は、欲に忠実だ」
「……?」
「竜祭が近い」
アレクシエルが、はっとする。
「つまり……」
「忙しい」
ヘリオは、口角を上げた。
「下っ端は、面倒を嫌う」
順番が回ってくる。
「通行証を」
兵士が、無感情に手を出した。
差し出す。
簡素な商人用の証。
偽造だが、質は高い。
兵士は、一瞬だけ目を細めた。
感情が、わずかに揺れる。
疑念。
だが――疲労が、それを押し潰す。
「……通れ」
安堵が、胸を撫で下ろす。
関門を抜けた瞬間、街の喧騒が戻った。
「……胃が痛い」
アレクシエルが、深く息を吐く。
「まだ、序盤だ」
ヘリオは言った。
「本番は、ラクスウェルだ」
首都。
竜祭の中心。
クラウソラスが必ず現れる場所。
宿に入ると、すぐに情報整理に入った。
「竜祭まで、あと七日」
ヘリオが、地図を広げる。
「例年より、竜の数が多い」
「原因は?」
「不明」
だが、帝王は知っている。
――マモンは、何かを掴んでいる。
「竜の素材を手に入れるのが、最優先だ」
ヘリオは、僕を見る。
「魂縛石として使うか?」
「……違う」
言葉が、自然と出た。
「今回は、“誘い”だ」
アレクシエルが、眉を上げる。
「誘い?」
「クラウソラスは、魂術師に反応する」
彼の目的は、殺害ではない。
研究。
奪取。
「なら、こちらが餌になる」
沈黙が落ちる。
重い沈黙だ。
「零」
アレクシエルが、真剣な顔で言う。
「それは、危険すぎる」
「分かってる」
感情を見る。
彼の色は、恐怖よりも――怒り。
失わせたくない。
「でも」
続ける。
「逃げ続ければ、必ず誰かが犠牲になる」
レイサムの背中が、脳裏をよぎる。
「次は、選ぶ」
魂術師として。
「感情を見る力は、武器だ」
だが、それだけでは足りない。
「竜祭で、魂縛を使う」
ヘリオが、ゆっくりと頷いた。
「覚悟は、できているようだな」
「まだ、足りない」
正直に言う。
「魂縛は、消耗が激しい」
「なら、準備だ」
ヘリオは、道具袋を開いた。
古い魔導具。
刻印の入った石。
そして――封印具。
「竜祭までに、限界を知れ」
「限界?」
「倒れる寸前までだ」
厳しい言葉だった。
だが、必要だ。
「クラウソラスは、甘くない」
彼は、魂術師を“狩る側”。
「感情を視る目を、持たないくせに」
皮肉を込めて言う。
「だからこそ、危険だ」
その夜、眠れなかった。
窓の外では、街が騒がしい。
竜祭を待ち望む声。
欲に満ちた笑い。
感情を見る。
街全体が、ひとつの色に染まっている。
期待。
狂気。
渇望。
(……揺れすぎてる)
ここなら、魂縛は決まりやすい。
だが、その分――代償も大きい。
拳を握る。
次は、逃げない。
強欲帝領に、再び足を踏み入れた意味を。
ここで、証明する。
竜祭は、すぐそこまで迫っていた




